のんびりとじっくりと!

  ーおじさんのバーチャル旅行記!ー                      

 
Category: ふるさと【東北・青森】 > 黒石市  

秋さがし

 黒石市中野神社の「もみじ祭り」も始まり、津軽の秋もいっそう深まってきましたが、「紅葉真っ盛り」には、いささか早すぎるようです。これから日一日と深まっていくことでしょう。


  


  


  


  


  
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Category: ふるさと【東北・青森】 > 平川市  

荒田八幡宮 - つがるみち473




 平川市の荒田は、農業高校の近くにある小さな集落ですが、かつてはこの地に「荒田館」という城が築かれていたといいます。
 この館の築城年代などについては、詳しくは分からないのですが、現在の荒田八幡宮付近にあったとされています。今は、その周囲は宅地や畑になっていますが、わずかに当時の堀跡が残っているようです。
 また、ここには、藩政時代に代官所が置かれ、支配者の下、治安・民政・徴税などを行っていましたが、水堀に囲まれた大きな構えの館が立っていたようです。今は、りんご畑になっており、当時の面影はありません。私は見つけられませんでしたが、りんご園の中に、「大光寺組代官所跡」という木柱が立っているようです。


  

 
 荒田八幡宮は、誉田別命を御祭神とする小さな神社ですが、棟札には、
【天文二年(1533)八月、小野井讃岐守祐政勧請。嘉永二年(1849)閏四月と、明治十一年七月改修。」と、その由緒が記されています。
 小野井讃岐守祐政は、この地の武将であったと思われ、荒田館の城主であったとされています。 


  


  


  


 住宅にはさまれた所に金属製の注連縄が架かった一の鳥居があり、そこから参道が続いています。
 境内は、右に曲がった所にあり、拝殿と本殿、狛犬、神馬、末社などが並んで立っていました。

 拝殿の屋根を覆うように、大きなイチョウの木が立っています。直径6m、高さ20m、樹齢は300年ともいわれている見事な巨木です。

 社殿の後ろはりんご畑になっており、真っ赤なりんごが実っていました。


   


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Category: ふるさと【東北・青森】 > 平川市   Tags: つがるみち  

切明神社 - つがるみち472




 明治の初めに青森県が編纂した『新撰国誌』には平川市切明について、
【切明は地味薄く、山気強く、蔬菜すら実らず。薪炭以て米穀に代えて糊口す。】と書かれていますが、山中のやせた土地であったため、村人の生活は貧しかったようです。
 切明の集落は、天和年間(1681-1683)に本格的に開拓されたと言われていますが、それ以前に、津軽為信が津軽統一の後、南部方の反撃を知るために、ここに番所を置いたのが始まりと伝えられています。因みに、最初の番所頭は東海吉兵衛とされていますが、この人物は、弘前城築城の際、その縄張りをしたことでも知られています。

 切明神社は、そんな切明集落に鎮座している社です。
 集落の消防屯所の裏側を小さな川が流れていますが、橋を渡った所に一の鳥居が立っています。

 扁額は「大山祇神社」となっていますが、別に「切明神明宮」と刻まれた石柱もあり、いろいろな名で呼ばれた村の産土社であったのでしょう。

 鳥居をくぐると、背の高い杉木立に囲まれた参道が続いていますが、間もなく分かれ道になり、左手には鬼子母神堂と、神馬が祀られた末社が立っていました。鬼子母神堂は、地元の日蓮宗の信者の方たちが建立したもののようです。


  

 
  

 
 右側の方に、さらに細道が続いていて、その先に境内がありました。狛犬が一対と、拝殿と本殿・・・いたって簡素な小さな社です。
 

  


  


 御祭神は大山祇神ですが、その由緒については詳しくは分かりません。

 しかしながら、この地にも坂上田村麻呂に関する伝説が残っており、それによると、
【坂上田村麻呂が巡回の折、疲労し、足を痛めたため、ここに滞在したところ、温泉を発見した。これは「山の神からの授かりもの」と喜んだ田村麻呂は、ここに大山祇神社を勧請。入浴の結果、疲労も癒えたので、この地を「切明」と名づけた。】と伝えられています。  - この温泉は、400年以上も前から「村の湯」として、人々に親しまれていたようです・


   

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Category: ふるさと【東北・青森】 > 弘前市   Tags: つがるみち  

富栄香取神社 - つがるみち471

 弘前市の富栄(とみさかえ)は、1876年(明治9年)に鶴田村・三ッ森村・四戸野沢村・小島村の四村が合併して成立した集落ですが、「富栄」という名の由来は「新しい村が将来富んで、栄えるように・・」という願いからつけられたといわれています。

 この集落の中心に鎮座する社が香取神社です。


  


 青森県神社庁の旧HPには、この神社の由緒について
【御祭神:経津主命  当社は享保十二年九月当村旧家小島長兵衛が伊勢の国松坂より来り開村の節建立産土神として崇敬して来ました処、明治六年四月同村三森神社へ合祀、同八年二月復社、同九年四月村社に列せられる。昭和二十一年八月五日法人令に依り届出で神社本庁に所属する。 昭和二十四年八月三十一日国有境内地譲与許可を受ける。】と紹介されていました。

 小さな神社ですが、一の鳥居の後ろには二、三といくつか鳥居が続いており、くぐり終えて右側に曲がった所に社殿があります・
 境内には御神燈と狛犬や天保三年の庚申供養塔などが立っていますが、この庚申供養塔が立っている様は、まるで帆掛け舟のようでした。


  


  

 
 由緒に「当村旧家小島長兵衛」という名が出てきますが、小島長兵衛は、伊勢国松坂からこの地にやって来て、開村したとされる人物で、それに因んで一帯は「小島村」と呼ばれたとのことです。


  


  

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Category: ふるさと【東北・青森】 > 平川市   Tags: つがるみち  

石郷闇おかみ神社 - つがるみち470




 平川市石郷(旧平賀町)は、縄文遺跡のある地区として知られていますが、集落内には「縄文の故郷石郷」と書かれた木柱も立っています。
 また、村内の闇おかみ神社には、遺跡について記した説明板があります。
【平賀町は県内有数の遺跡の多い町で、現在180余の遺跡が確認されています。平賀町の平野部に遺跡が多くなる時期は、縄文時代後期(約4000-3000年前)です。この時期には、石郷地区の両側を平川の一大支流が北流していたと想定され、その氾濫と堆積による自然堤防状の微高地一帯に集落が形成され発達したものと考えられ、昭和49年に実施された発掘調査により、石郷遺跡が最も栄えた時期は、縄文時代後期末から晩期前半(約3000-2500年前)である事が判明し、夥しい土器や石器などが出土し大集落が営まれていたことが判明しました。遺跡の大半はいまだ地中に埋もれており、今後の調査研究が待たれます。 ※説明板より


 闇おかみ神社は、民家にはさまれた道路沿いに鎮座していますが、酒樽をのっけた一の鳥居のそばには、遺跡の説明板。そのとなりに大きな社号標があります。
 「おかみ」という漢字は、水神ですので「雨+龍」のものが多いのですが、この神社の「おかみ」は、「龍」の左半分がが「帝」になっている珍しい字形でした。


  

 境内の敷地は、あまり広くなく、庚申塔や狛犬、末社などが並んで立っています。
 拝殿の中には、大きな絵馬や神馬などが置かれていました。


  


  


  


 その由緒については詳しくは分かりませんが、江戸中期頃に勧請されたと伝えられており、拝殿に次のような説明がありました。
【今迄発掘された埋蔵文化遺跡に示されるように相当早くから開田耕作されて居たと思われるが水の不自由の上で困難を感じていた爲、雨を降らせる神として闇おかみ神を勧請して産土神と崇敬して来たという。但し、何時の頃からか不明である】


   

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 記事を更新しないままに10月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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Author:korekarada       ふるさと「東北・青森県」の史跡を巡り、感想などを綴っています。ときには、まだ見ぬ地方への憧れを「バーチャル旅行記」として、書いていきたいと思います。
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