のんびりとじっくりと!

  ーおじさんのバーチャル旅行記!ー                      

 
Category: ふるさと【東北・青森】 > 弘前市   Tags: つがるみち  

五所神社 - つがるみち469




 弘前市の五所神社は、弘前市役所相馬庁舎の近くに鎮座する社です。
 住所が示しているように、ここは弘前市と合併する以前は、中津軽郡相馬村だった分けですが、神社の由緒については、
【御祭神:久介廼智神  創立年月日不詳であるが、元来、当村の下五所里見という所に宮を建立し、寛延年中岩木川大水の節に社地に石残して流出する。その節に当社へ引越して安置し奉り、以来崇敬する。】と伝えられています。


  

 御祭神の久介廼智神(くくのちのかみ)については、私はよく知らなかったのですが、【イザナギとイザナミが生んだ神の一柱で、「木」の神格化したもの。ククノチの「クク」は「木々」が転訛したものとされている。】ようです。


  


  


  

 旧相馬村といえば、長慶天皇に関する伝説が残っている所ですが、この神社の前身であった社は、長慶天皇との関わりも深く、さらには「五所川原」という地名の発祥とも関係しているという話も残されています。即ち、
【岩木川の上流にあった五所村の“御所権現社”が水害によって度々流されたが,その都度五所川原市元町あたりに流れ着いたため,この場所は「御所川原」と呼ばれ,後に「五所川原」になった】という分けです。

五所川原元町八幡宮由来
【ここの御神体はその昔中津軽郡五所の長慶天皇が崩御大葬されたという場所に祠られてあったが洪水にあい,ここ元町の岩木川原に流れ着いたものである。柳の大木にひっかかっているのを発見した新宮の人が拾いあげ宅地内に祠ったが,やがて五所村の人達が探しあててもらいうけて行った。ところが再三流れては不思議に同じ場所に着いたので,これは神様の思召しによるものだと五所村の人達も認め以来この地に祠ることにしたと伝えられている。その年代は明らかではないが,万治三年(1660年)の頃と考えられている。】


    

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Category: ふるさと【東北・青森】 > 平川市   Tags: つがるみち  

咲きはじめ - つがるみち468




 道路を走っていると、『田舎館村たんぼアート』の道案内とともに、『北限にみる蓮の花まつり』という案内板も立っています。猿賀神社境内にある鏡ヶ池に咲く蓮の花を楽しむ祭りのことで、『和蓮』の群生地としては、ここが北限といわれています。
 例年、家族連れや、花の様子を写真におさめようと、多くの人々が訪れますが、猿賀神社のHPによると、少しずつ花が咲き始めているとのことで、行ってみました。まだまだ「一面蓮の花」というわけではありませんが、池のあちこちにぽつぽつと可憐な花が咲いていました。



  



  



  



  

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Category: ふるさと【東北・青森】 > 田舎館村   Tags: つがるみち  

スサノオとオロチ - つがるみち467

 田舎館村では、今、恒例の「田んぼアート」が開催されています。
 村のHPには、今年は、
【第1田んぼアート:第1田んぼアートでは、日本神話の有名な物語「ヤマタノオロチ伝説」より、スサノオノミコトがヤマタノオロチに立ち向かうクライマックスシーンを描きます。】
【第2田んぼアート:第2田んぼアートでは、日本の有名なおとぎばなしのひとつである「桃太郎」より、桃から生まれた桃太郎が道中で動物たちを家来にし、鬼退治に向かう場面を描きます。】
と書かれていますが、日本神話やおとぎ話を題材とし、子どもから大人まで、日本人も外国人も楽しめる作品にしたということです。
 休日は混みあうので、平日に、第1会場の方に行って見てきました。例年通り、なかなかの迫力です。


  


  


  

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Category: ふるさと【東北・青森】   Tags: つがるみち  

黒滝稲荷神社 - つがるみち466




 弘前市黒滝(旧相馬村)は、弘前から西目屋村へと向かう県道28号線沿いにある集落です。
 道路に沿って岩木川が流れていて、黒滝の小字には「一ノ川瀬」や「二ノ川瀬」などの名前があり、いかにも川沿いの集落であることを思わせますが、ここに稲荷神社が鎮座しています。
 住宅の間に挟まれた小路に、金属製の注連縄が架かった赤い鳥居があり、その両脇に稲荷神のお使いであるキツネが2体置かれていますが、いずれも新しいもののようです。
 鳥居の傍らには、大きく立派な庚申塔が3基立っています。社殿の後ろ側は道路に面しており、隣は墓地になっていました。
 境内には、鈴をつけた神馬や末社の祠、記念碑などが立っていますが、狛犬は少し風化していて、なかなかに味わいのある渋い顔つきでした。


   


 境内の入口に由緒を記した説明板がありますが、それによると、
【稲荷神社  当社の建立はつまびらかではないが、藩内大小神社調べ(明治四年)によれば、社中の鳥居の建立は天和年中(一六八一~一六八三)に勧請によって建てられたものとあるから、神社の縁起は古いものと思われる。】とあります。


  


  


 説明板には続けて、
【祭神は、猿田昆古大神、宇迦之御魂神、大宮乃売命とされ、ふるくから黒滝村の産土の社としてあがめられている。昭和四十五年の区画整理によって、黒滝字二の松本にあった、八幡宮祠堂も合祭されている。】と書かれていました。


  


  

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Category: ふるさと【東北・青森】 > 藤崎町   Tags: つがるみち  

榊八幡宮 - つがるみち465




 藤崎町榊に鎮座する榊八幡宮を訪ねたのは、2ヶ月前のことで、桜が咲き始めた頃でした。
 重そうな米俵が乗った豪華な注連縄が張られた鳥居から参道が延びていますが、鳥居をくぐった所に地蔵堂があり、その向かい側にはイチョウの木にからみついた老松などが生えています。地蔵堂のそばには、これまた注連縄が張られた馬頭観音の碑などが立っていました。


   


 境内には、二十三夜塔と庚申塔などが置かれていますが、御神馬は赤い玉垣に囲まれ、大切に祀られていました。赤い屋根の三つの祠は、神明宮と観音堂、そして稲荷宮のようです。


  


  


  

 
 この神社の由緒については、
【大字榊にある八幡宮には、品多和気命(ほんだわけのみこと ※一般的に八幡宮に祀られている応神天皇)が祀られています。この神社は、万治7年(万治は3年で改元されていることから次の年号の寛文4年-1664 年か)に、「榊村八幡堂」として村中で
お堂を新築したという記録があり、さらに慶安元年(1648 年)に新建され、神主は円太夫という人であったという記録が見られます。その後時を経て明治6年(1873 年)に矢沢の正八幡宮に合祀されましたが翌年には復社し、さらに翌年の明治8年に村社となりました。 ※藤崎町「ふるさとの史跡散歩」より】と紹介されています。

 なお、本殿を囲んでいる玉垣などについては、
【明治4年(1871 年)には神殿が造られ、さらに明治43 年(1910年)、皇太子時代の大正天皇が北海道と本県に行啓されたのを記念して玉垣が造られた】とのことです。


  


  

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 しばらく記事を更新しないままに八月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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Author:korekarada       ふるさと「東北・青森県」の史跡を巡り、感想などを綴っています。ときには、まだ見ぬ地方への憧れを「バーチャル旅行記」として、書いていきたいと思います。
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