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  ーおじさんのバーチャル旅行記!ー                      

 
Category: ふるさと【東北・青森】 > 平川市   Tags: つがるみち  

井戸沢稲荷神社 - つがるみち478




 前回取り上げた平川市平六の近くに「井戸沢」という集落があり、ここに稲荷神社が鎮座しています。
 平六同様、ここにもまた次のような坂上田村麻呂に関する伝承が残っています。
【延暦年中、田村麻呂将軍東夷征伐の時、八甲田嶽の方へ進軍したが、道に迷い、沢を出ようとすればますます奥に入り、進退窮まった。そこで、山の神に道開きを祈願したところ、数時間で山を出ることができた。すなわち、一社を建立し、それに報い礼拝して、櫛ケ峰の方へ進撃す。沢深く井戸の如し、もって「井戸沢」と称す。いつの間にか村落ができて現在に至る。 -『竹館村史』より


 「井戸沢」という集落名の由来や、神社の縁起が簡潔に述べられていますが、それ以上のことは分かりません。


  

 集落の入口付近に消防の屯所があり、その裏手に稲荷神社の鳥居が立っています。上の方は小高い丘になっていて、そこに境内があります。私が訪ねたときには、まだ雪が残っていました。


  

 拝殿の前に、りっぱなイチョウの大木がそびえていて、根元には黄色い葉っぱやイチョウの実がたくさん落ちていました。冬の間、雪に埋もれていたのでしょう。


  

 由緒などは詳しく分かりませんが、御祭神は一般的な倉稲魂命ではなく豊受姫神となっています。
 倉稲魂命も豊受姫神もともに食物・穀物を司る神ということで同一視されることも多いとされていますが、市内の稲荷神社で豊受姫神を祭っているのは、ここ井戸沢の社だけのようです。

  

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平六大山祇神社 - つがるみち477



 南八甲田山麓に位置する平川市の東部地域は、高原野菜の一大生産地になっています。
 標高500m~700mの高原にいくつかの集落があり、その冷涼な気候、豊かな水と土壌から育まれる大根、人参、小カブなどは「南八甲田高原野菜」として知られています。
 主な生産地である大木平や善光寺平などの集落は、冬季は豪雪地帯であるため、農繁期を集落ですごし、冬場は麓の村に降りてくるといった農家の方も多いようです。
 国道102号線を十和田湖方面に向かう途中に、平六(へいろく)という集落がありますが、ここにJAの野菜出荷センターがあって、そのすぐそばに大山祇神社が鎮座しています。

 道路沿いに、白い鳥居が立っており、そこから奥へ参道が延びています。私が訪ねたときには、まだ鳥居の脇に雪が残っていました。


  

 参道を歩いて行くと、まもなく川(用水路)に突き当たりますが、雪解け水がゴーゴーと音を立てて流れていました。
 赤い橋の先には、大きな杉の木が何本も生えていて、その奥にぽつんと社殿が立っています。狛犬などはなく、建物がひとつだけという境内です。


  


  

 
 この神社の由緒などについては、よく分かりませんが、この辺りの集落や神社には坂上田村麻呂に関する伝承が残されています。

 平川市の『竹館村誌』にはこの神社や「平六」という集落名の由来について、
【・・往古、田村麻呂将軍夷狄を追撃の時、山根通りを越えんとせし一本の標石あり。右へ進めば陸中の方、左へ行く時は太平洋に出づべし。将軍暫し考え左折す。是に由りて平地を降らんとして、携えたる鉾石を境目に一神社を建立大山祇神社と称して進軍せりと。右故実により「平陸」と名づけしをいつの間にか「平六」になれりといふ。】と書かれています。


  

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Category: ふるさと【東北・青森】 > 青森市   Tags: つがるみち  

下石川熊野宮 - つがるみち476

 青森市浪岡(旧浪岡町)の下石川は、五所川原市や板柳町と境を接する集落です。すぐ隣は、五所川原市高野で、ここには以前に訪れた廣峰神社などがあります。

 熊野宮は、そんな下石川の集落から山沿いに進んだところに鎮座しています。

  

 境内は、田んぼとりんご畑に挟まれた場所にあり、上の方が少しつぶれた赤い一の鳥居が立っていました。

 そこから、二の鳥居、三の鳥居と参道が続いていますが、途中に小鳥居があり、そこには馬頭観音が祀られていました。


  


  

 杉林に囲まれた静かな境内で、拝殿の前には一対の狛犬のみ。いたってシンプルなたたずまいです。草むらの地面を覆い隠すように、たくさんのふきのとうが顔を出していました。


  

 由緒など詳細は分かりませんが、北津軽郡神社誌には、
【祭神 伊邪那岐命 伊邪那美命  本村は元石澤村と称せしが、享保十二年下石川と改称せり。神社勧請年月は不詳なれども大同年中の草創と伝へらる。明治六年四月高野廣峯神社へ合祀、仝八年復社。仝九年十二月村社に列せられ、仝四十二年八月廿七日指定神社に列格せらる。】とあります。


   

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小和森稲荷神社 - つがるみち475




 気がつけば、前回の記事更新から早2ヵ月あまり。季節は真冬になっていました。
 昨年の11月、紅葉の頃、黒石市の中野神社と浄仙寺を最後にして、寺社巡りを休んでいましたが、先日、久しぶりに浄仙寺を訪ねてみました。雪にすっぽりとおおわれた境内はとても静かで、鐘楼がとても寒そうにしていました。


 寒さと雪のため、なかなか遠出できない昨今ですので、季節はずれですが、今回は昨年訪れた神社を紹介します。

 平川市小和森は周りを水田に囲まれた集落ですが、最近ではバイパス沿いに大型スーパーなども進出し、様子が様変わりしている所です。
 集落の中に集会所がありますが、その隣には稲荷神社が鎮座しています。

  

 立派な一の鳥居のそばには、郷土力士の顕彰碑や庚申塔、青面金剛の碑などが立っており、二の鳥居、三の鳥居と参道が続いています。

 境内には稲荷神社らしく、神使のきつね像が一対。拝殿の手前には、みごとな老松が一本あり、拝殿の屋根に被さっていました。本殿の横には、けっこうな大きさの杉の木や松の木が生えています。

   


  


  


  


 御祭神は倉稲魂命ですが、その由緒については詳しくは分かりません。
 伝によると、もともとここの稲荷様は隣の集落の豪農の内神様であったといい、代々崇敬してきたものを小和森の集落で譲りうけたとされています。その後、明治から大正を経て、村社に昇格したといわれています。


   

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切明神社 - つがるみち472




 明治の初めに青森県が編纂した『新撰国誌』には平川市切明について、
【切明は地味薄く、山気強く、蔬菜すら実らず。薪炭以て米穀に代えて糊口す。】と書かれていますが、山中のやせた土地であったため、村人の生活は貧しかったようです。
 切明の集落は、天和年間(1681-1683)に本格的に開拓されたと言われていますが、それ以前に、津軽為信が津軽統一の後、南部方の反撃を知るために、ここに番所を置いたのが始まりと伝えられています。因みに、最初の番所頭は東海吉兵衛とされていますが、この人物は、弘前城築城の際、その縄張りをしたことでも知られています。

 切明神社は、そんな切明集落に鎮座している社です。
 集落の消防屯所の裏側を小さな川が流れていますが、橋を渡った所に一の鳥居が立っています。

 扁額は「大山祇神社」となっていますが、別に「切明神明宮」と刻まれた石柱もあり、いろいろな名で呼ばれた村の産土社であったのでしょう。

 鳥居をくぐると、背の高い杉木立に囲まれた参道が続いていますが、間もなく分かれ道になり、左手には鬼子母神堂と、神馬が祀られた末社が立っていました。鬼子母神堂は、地元の日蓮宗の信者の方たちが建立したもののようです。


  

 
  

 
 右側の方に、さらに細道が続いていて、その先に境内がありました。狛犬が一対と、拝殿と本殿・・・いたって簡素な小さな社です。
 

  


  


 御祭神は大山祇神ですが、その由緒については詳しくは分かりません。

 しかしながら、この地にも坂上田村麻呂に関する伝説が残っており、それによると、
【坂上田村麻呂が巡回の折、疲労し、足を痛めたため、ここに滞在したところ、温泉を発見した。これは「山の神からの授かりもの」と喜んだ田村麻呂は、ここに大山祇神社を勧請。入浴の結果、疲労も癒えたので、この地を「切明」と名づけた。】と伝えられています。  - この温泉は、400年以上も前から「村の湯」として、人々に親しまれていたようです・


   

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 早いもので、もう6月になりました。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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