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のんびりとじっくりと!

  ーおじさんのバーチャル旅行記!ー                      

 
Category: ふるさと【東北・青森】 > 五所川原市   Tags: つがるみち  水虎様  

川代田の水虎様 - つがるみち495

 五所川原農林高校の裏側にあたる金山地区(旧金山村)は、大小の溜池が数多く存在する所です。
 古くから川水に頼らない新田開発が進められてきた地域で、一番大きな金山大溜池は、津軽藩の新田開発初期(二代藩主・信枚の頃)にはすでに造成されていたと伝えられています。
 
  

 そんな金山村の川代田という集落にも溜池がありますが、道路沿いに赤い屋根のお堂がひとつ立っています。
 中を覗いて見ると、そこには前掛けをしたお地蔵様が数体並んでいました。どうやらここは地蔵堂のようです。お堂の隣には、百万遍の塚と後生車がありました。

  

  

  

 お堂のななめ後ろに、古びた小さな祠がありました。溜池の近くということもあり、もしかしたら水神・水虎様ではないかと思い、中を見てみたら、そこに女神型の水虎様が三体祀られていました、

   

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毘沙門稲荷神社2 - つがるみち491

 五所川原市毘沙門に鎮座する稲荷神社・・・2社目です。
 この社は、毘沙門駅からは少し離れた「熊石」という集落にあります。
 
  

 青森県神社庁HPには、次のように紹介されていました。
【御祭神 倉稲魂命   建立年月日不詳であるが明治六年当村鹿島神社へ合祭のところ、 明治八年復社。  明治九年村社になり昭和五十年五月十七日境内地登記済。 】

 社殿の両脇は、片方が民家で、もう一方には田んぼが広がっていて、境内からは岩木山を望むことができます。

 参道には一対の御神塔が置かれ、拝殿の前には、ほっかむりをした狛狐がいました。


  

 鳥居をくぐると右側に鳥居をともなった末社が立っていましたが、中を覗いて見ることはできませんでした。
 そばに、鳥居がもうひとつ立っていて、その奥には庚申塔や二十三夜塔が並んでいました。

 その庚申塔群のはじっこに、亀に乗り、胸で両手を合わせた女神型の水虎様の碑がありました。


  


  


    

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毘沙門稲荷神社 - つがるみち490

 五所川原市の飯詰地区の近くに「毘沙門」という名前の集落があります。

 いかにも曰くありげな地名ですが、その名前の由来については詳しくは分かっていません。一説によると、津軽為信が飯詰高楯城攻めの際、この地に毘沙門天を勧請し、本陣としたことに因んで名づけられたとも伝えられています。

 毘沙門は国道と県道に沿って拓けた集落で、田んぼとリンゴ畑が広がり、大小のため池が点在しています。
 
 また、「ストーブ列車」で有名な津軽鉄道線が走っており、ここ毘沙門にも小さな駅(停留所)があります。津軽鉄道線で、もっとも閑散とした駅で、乗降客も一番少なく、準急列車は通過する無人駅です。
 線路の両側には、地吹雪を防ぐための鉄道林があり、小さなホームにこれまた小さな駅舎がポツンと立っています。その雰囲気がちょっとした「秘境駅」を思わせるということもあり、鉄道ファンの間では、わりと知られている駅です。

   

 
   


   


 その毘沙門駅に行く途中の道路沿いに小高い丘があり、そこに赤い鳥居がひとつ立っています。ここは稲荷神社のようです。

   

 鳥居と社殿があるだけの境内ですが、その由緒など、詳しいことは、まったく分かりません。

 境内には、赤い小さな祠が二つありました。ひとつは、馬頭観音の祠でした。
 そして、もう一方の祠の中を覗いて見ると、その中には、津軽の水神・水虎様が祀られていました。亀(?)の上に乗り、両手を合わせた女神型の水虎様でした。

   

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Category: ふるさと【東北・青森】 > 板柳町   Tags: つがるみち  水虎様  

夕顔関八坂神社 - つがるみち482

 板柳町夕顔関(ゆうがおぜき)の八坂神社。ここに来たのは2回目です。前回は、この神社の二の鳥居に「鬼っこ」が掲げられているとのことで訪ねたのでした。今回は4月に行ってみたので、境内から見る岩木山にはまだ雪がたっぷり残っていました。

  

 この神社の御祭神は素戔嗚尊で、その由緒については『北津軽郡神社誌』等に、
【かつては「夕顔関正観音堂」と呼ばれていた。開発の時に、異石が二つあり、その前を掘ると長三寸の観音像が出てきたので、それを祭った。寛永二年、当村の草開者永山六左衛門が建立。明治六年に正観音堂を五林平村八幡宮へ合祀。明治八年復社して八坂神社に改称。】とあります。
 地中から出てきた観音像は、今も本殿内に納められていると言われていますが、かつては、境内に山伏たちが集まり、盛大に神事が執り行われていたようです。

  


  

 鳥居の赤い鬼っこを見ながら参道を進むと、大きなトチノキがあります。樹齢が約450年、板柳町の名木に数えられている大木です。拝殿の前には狛犬が一対。本殿の後ろはりんご畑になっていました。

  

 この神社を再訪しようと思ったのは、ここに津軽の水神・水虎様が祀られていると聞いたからです。
 村内の水難防止や開発の安全を祈願して祀られることが多い水虎様ですが、かつてはこの地でも大規模な用水工事や堤防建設が行われたようです。

 拝殿の右側に、注連縄が張られた庚申塔と小さなお堂がひとつありましたが、お堂の扉を開けて見ると、亀の背中に乗った女神姿の水虎様がいました。

   

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Category: ふるさと【東北・青森】 > つがる市   Tags: つがるみち  水虎様  

高城八幡宮 - つがるみち442




 つがる市森田町の下相野地区は、津軽民謡「弥三郎節」の発祥の地として知られていますが、ここに高城八幡宮が鎮座しています。
「八幡宮」という神社名よりも、むしろ「下相野観音堂」という名称で呼ばれているように、ここは津軽三十三霊場の11番札所として、多くの信仰を集めている社です。
 私も霊場めぐりをしているときに一度訪ねたことがあります。

 その神社としての由緒については、
【御祭神:誉田別尊  高皇産霊神 倉稲魂命 如意輪観世音菩薩  当社は、 寛文五年 (一六六五) に勧請。 これより先、 寛文年間に、 現境内地の奥まった所に、 如意輪観音像を安置する約一坪程の観音堂が創建されていた。 元禄三年七月 (一六九〇)、 集落民の五穀成就と家内安全等の祈願所として社が再建。 延享三年 (一七四六) に集落民が崇拝する産土神と観音像を合祀したが、 明治三年 (一八七〇) に 「神仏分離令」 が出され、 観音像は棄却、 没収されることとなったが、 集落では観音像を秘かに隠しておいて、 身代わり像をわたしたと言われる。 現在本殿には、 三柱の産土神と観音像とが合祀奉齋されている。 明治六年 (一八七三) に郷社に列格される。 社名は旧もと 「八幡宮」 であったが、 隣接の高皇産霊神社と統合したことから、 「高皇産霊」 の 「高」 の一字と、 八幡宮は堀に囲まれ、 「城構えの景観」 だったことから 「城」 の一字を頂戴して、 「高城八幡宮」 と名称を改めたと言われる。※青森県神社庁HPより】とあります。
 由緒に書かれているように、かつては堀をともなった砦のような境内だったようですが、現在はその面影は見られません。

◇高城八幡宮






 石造りの一の鳥居のとなりに由緒板があって、そのそばには月夜見大神と猿田彦神の石碑が並んで立っています。
 参道には、手水舎や狛犬が一対置かれていますが、拝殿のそばには多くの祈願札が下げられていて、三十三霊場の雰囲気が漂っています。拝殿の横には如意輪観音像もありました。
 扉が開いていたので拝殿の中に入って拝みましたが、線香のにおいが漂よっていました。お参りする人々が絶えないようです。
 この神社を再訪した理由は、津軽の水神・水虎様を見たかったからなのですが、境内のどこに祀られているのか分かりませんでした。いろいろ回ったのですが、大きな木の下に末社らしき建物があったので、中に入ってみました。
 中の祭壇の上に小さな祠があり、扉を開けて見ると、小さな水虎様が大切に祀られていました。木彫りの河童型の水虎様です。

◇水虎様ほか



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 10月に入り、少しずつ秋の気配がしてきました。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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Author:korekarada       ふるさと「東北・青森県」の史跡を巡り、感想などを綴っています。ときには、まだ見ぬ地方への憧れを「バーチャル旅行記」として、書いていきたいと思います。
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