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Category: ふるさと【東北・青森】 > 五所川原市   Tags: つがるみち  名木めぐり  

山の神「十二本ヤス」ーつがるみち90

 昨年の12月初旬に、太宰治のあしあとを訪ねて金木町へ出かけましたが、帰り道、喜良市(きらいち)という所に寄りました。ここには「十二本ヤス」
「十二本ヤス」地図
という名木があるからです。
 よく知られた巨木で、ネットや雑誌などで何回か見ていて、雪が降る前に一度訪ねてみたいと思っていました。
「ヤス」というのは、魚などを突き刺して獲るフォーク形の漁具です。この木は、幹の途中から12本の枝に分かれ、巨大なヤスのように見えることから「十二本ヤス」と名づけられたとされています。
 その姿形から、地元の人々に畏怖され、「神木」として崇められてきた巨木で、大正時代に伐採の話もあったと言われていますが、「祟り」を恐れて、誰一人として斧を振るう者はいなかったそうです。

※画像はクリックで拡大します。画像と○○○○をクリックしながらご覧ください。

十二本ヤスへ


 金木町から喜良市方面へ車を走らせて行くと、途中に「十二本ヤス」と書かれた案内板が見えてきます。
案内板

 ここから延々と山道を数km進むと古びた鳥居があり、そこから参道?
十二本ヤス鳥居
が延びていました。登り切ったところに説明板。前の方に小さな赤い鳥居
赤い鳥居
が見えます。
 その奇怪な姿
十二本ヤス①
を見たときは「おっ・・。」と声を上げてしまいました。
 以前、入内の石神様
入内の石神様
を見たときも驚きましたが、それ以来です。あちらが「奇石」ならば、こちらは「奇木」。その異様な姿には圧倒されます。

十二本ヤス


 この十二本ヤスは、「ヒノキアスナロ(ヒバ)」の木で、説明板には、【樹高が33.46m、幹回り7.23m、樹齢は800年で、平成2年(1990年)に「新・日本名木百選」に選ばれている】と書いてありました。
 何というか、人の手に例えるならば根元は手首。その上に握り拳のような巨大な幹が広がり、それこそ「天に向かって」真っ直ぐに伸びている・・といった感じです。横や後ろから見てみると、また違った表情を見せますが、その奇抜さは変わらず、一度見たら忘れがたい印象を与える大木です。大げさですが、道に迷ってこんな樹木に出合ったら、そこに「神様」をみるのではないでしょうか。。  ⇒十二本ヤス(画像複数)

指揮官の決断


 根元のみならず幹の中にも
十二本ヤスの鳥居
鳥居が置かれているほど、古くから崇められてきたこの十二本ヤスですが、次のような伝説があります。【・・その昔、弥七郎という評判の臆病者がいた。みんなの笑い者にされていた弥七郎は、ある日、魔物を退治しようと決心し、山に入った。夜も更けたころに「弥七郎」と呼びかける怪しげな声が聞こえてきたので、声のする方へマサカリの一撃を加えたところ、「ギャッ!」という悲鳴が聞こえ、年老いた白い毛の大猿が血に染まって死んでいた。弥七郎は、その供養のためヒバの若木を植えたところ、成長するにつれてその木は異様な姿になった。※wikipediaより
 ー この異様な木は、【新しい枝が出て13本以上になっても、その分古い枝が枯れて12本以上になることがなかった。】とされ、その不思議さや「12」という数字から「山の神」として神聖視されてきたといわれています。

 多くの観音堂や神社には、山の神を祀るお堂
山神堂 ※左:今泉観音堂 右:長谷澤神社
がありますが、古来、山の神は「12」という数と深い関わりがあるとされています。山下康博さんの著書『指揮官の決断』は、明治35年の八甲田雪中行軍の顛末を、遭難した青森五連隊と生還した弘前三十一連隊を比較しながら描いた作品ですが、その中で「山の神」について、次のように書かれています。【「山の神」は山を守り支配する女性神として信仰され、「十二様」とも呼ばれる。これは、山の神に十二人の子どもがいたとされることに由来する。子だくさんであることから、豊かな実りや猟果をもたらす神として祀られてきた一方、禁を破った者には祟りをもたらす神として、山で暮らす山民や狩猟民に畏れられてもきた。そのため、マタギや炭焼き、木こりなどは毎月十二日に山に入るのを避け、仕事仲間が十二人の場合には木彫りの人形を伴い、十三人にして入山したという。まして、旧暦の山の神の日の雪山への遠出は禁忌中の禁忌であった。※山下康博『指揮官の決断』中経出版

 この「山の神の日」とは、新暦で1月24日、旧暦では12月12日にあたり、この前後は天候が大荒れになると信じられていました。青森五連隊は、青森市・田茂木野
雪中行軍兵士達が眠る陸軍墓地:青森市幸畑
で「山の神の日に八甲田山に入るのは死にに行くようなものだ」という村人の諫言を無視して行軍を続け、遭難する分けですが、その彷徨がはじまったのが即ち1月24日(旧暦12月12日)だった分けです。

   ☆つがるみち☆
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