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Category: ふるさと【東北・青森】 > 弘前市   Tags: つがるみち  

雪の禅林街その1「梅林寺」ーつがるみち91

 弘前市の禅林街については、このブログの記事の中でも度々取り上げてきましたが、弘前藩2代藩主・津軽信枚が、弘前城の西南の抑えとして領内の寺院を集めたのがその始まりです。
 寺院の数は33ヵ寺、全てが曹洞宗という全国でも類例がない寺院街で、その落ち着いた雰囲気は人気の観光スポットでもあります。今の時期、お寺の本堂などは雪囲いが取り付けられていたり、境内の石仏や石像などは雪帽子を被っていて、夏場とは少し趣が違っていますが、それはそれで、なかなか味わい深いものです。 ー そういう分けで、雪景色の禅林街のお寺をいくつか訪ねてみました。

※画像はクリックで拡大します。画像と○○○○をクリックしながらご覧ください。

梅林寺山門


 はじめに訪れたのは梅林寺
梅林寺
です。このお寺は長勝寺や仏舎利塔
長勝寺と仏舎利塔
のすぐそばにあります。
 山門の前には一対の仁王像
仁王像
が立っていますが、その阿吽の表情もさることながら、大きな掌が印象的です。
 門をくぐって境内に入ってみました。
不動明王
不動明王
・・半分以上は雪に埋まっていました。
◇こちらは供養塔。
供養塔
化粧地蔵によく見かける「十字前掛」をしたお地蔵様です。「身代わり地蔵」でしょうか。
◇こちらは本堂前に立っているお地蔵様。
掃除小僧
これまた体半分雪に埋もれていますが、よく見ると手に「箒」を持っているので、これは「掃除小僧」のようです。
 掃除小僧は周利槃特(しゅりはんどく)という釈迦の弟子でしたが、「自分の名前も覚えられないほど頭が悪く、他の弟子達の失笑をかっていました。愚かな自分を嘆いた周利槃特は弟子をやめようとしますが、釈迦から、大好きな掃除を黙々と続けるよう励まされ、長い年月、箒を持って掃除に励んだところ、ついに悟りを開いた。」とされています。ー この掃除小僧と共に本堂前に立っているのが居眠り小僧。二人(二体)を並べてみると
居眠り小僧と掃除小僧
、とてもユーモラスです。

梅林寺本堂


 本堂
梅林寺本堂内
の中の祭壇の手前には、一体の観音様
観音像
が置かれています。何となく妖艶な感じのする観音様ですが、この観音様と隣の布袋様
布袋像と観音像
の組み合わせも愉快です。

 
 さて、この梅林寺は山号を「嶺応山」といい、釈迦如来
本尊の釈迦如来
を本尊とするお寺ですが、その創建の年代は定かではなく、大浦氏(津軽氏)に仕えていた戦国武将・盛岡源三郎(後に森岡と改姓)の開基とされていて、当初は湯口村(現弘前市)にありましたが、慶長年間(1596-1615年)に移ってきたといわれています。
 森岡家の3代目・森岡信元(もりおかのぶもと)は、津軽為信に仕え、たびたび合戦で手柄をたて、為信に「津軽統一が成ったら領地を半分やる」とまでいわれた武将でしたが、後に為信によって久渡寺で暗殺されてしまいます。
 また、7代目・元隆(もとたか)は、津軽信政の信任が厚かった津軽家の家老でしたが、宝永7年(1710年)に信政の死去にともなって殉死したとされており、その忠誠を讃えて、信政が眠る高照神社内に、その霊社
森岡元隆の霊社
が建てられています。 
 ー このように森岡氏は、家老として、津軽氏を支えてきた家柄だったわけで、その代々の墓所がこの梅林寺にあります。

動物供養塚


 ところで、私がこのお寺を訪ねた理由のひとつは「キティちゃん」の像を見たかったからです。像といっても、それは「動物供養塚」。台座の上にキティちゃんがのった形をしている分けです。
 梅林寺は、犬や猫など、ペットの供養を行ってくれるお寺で、檀家であるないに関わらず、動物を埋葬し、お経を唱えてくれるとのことです。
 本堂の裏側の方にそれはありました。可愛らしいキティちゃんに目がいってしまいますが、そこは「供養塚」。後ろには
動物供養塚
卒塔婆がしっかりと立てられていました。

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 禅林街メモ【山を切崩す大工事】
 1615年(元和元年)1月~6月、城の南方に位置する重森山(現在の茂森町)が、弘前城よりも高い位置にあるため城が丸見えとなっていました。防衛上の問題からこれを嫌った信枚は、1日1000人の人夫を動員して、山を切崩す大工事を行いました。そして同年3月、長勝寺門前と重森山の間に濠を造って土塁を盛り、禅林街の入口には枡形を設け、敵の直進を防ぐ工事を行いました。
 工事が終わると、領内各所から城下へ寺院の移動が進み、三十三ヵ寺(曹洞宗)による禅林街を構成しました。禅林街のように、江戸時代初期に構成された同一宗派の寺院街は全国でも例がありません。 ※ HP「弘前公園」より
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                              ☆つがるみち☆
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 しばらく記事を更新しないままに八月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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