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  ーおじさんのバーチャル旅行記!ー                      

 
Category: ふるさと【東北・青森】 > 弘前市   Tags: つがるみち  

雪の禅林街その3「隣松寺」ーつがるみち93

 「中興の英主」といわれた弘前藩4代藩主・津軽信政は、3代・信義の長子として生まれましたが、その生母は信義の側室であった「与曽の方」で、通称「久祥院(きゅうしょういん)」と呼ばれる人物です。
 久祥院は才色兼備の女性とたたえられ、信政が名君たりえたのはこの母の薫陶によるところが大きいとされていますし、信政もまた、この母を敬愛していたと伝えられています。その久祥院の墓所があるのが隣松寺
隣松寺
です。

隣松寺山門


 隣松寺の縁起は詳らかではありませんが、享禄年間(1528~1531年)に旧岩木町・賀田(現弘前市)に創建され、慶長年間(1596~1615年)に現在地へ移転してきたと伝えられています。

 元禄5年(1692年)に没した久祥院は信政により、その生家・多田家の菩提寺であるこの隣松寺に埋葬された分けですが、この多田家の先祖に多田玄蕃という武将がいます。
 玄蕃は津軽為信の家臣で三ツ目内城(現大鰐町)の城主でしたが、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで為信が東軍に与し参陣した際に、西軍・石田方と手を結んでいた玄蕃は他の武将と共に、その留守を突き、為信の居城・堀越城を武力占拠し、反旗を翻します。やがて西軍の敗報を知り、戦意を喪失した武将達は為信の家来によって鎮圧された分けですが、その際、玄蕃は自ら三ツ目内城
三ツ目内城跡
の火薬庫に火をつけ、城もろとも爆死したといわれています。

隣松寺本堂


 久祥院は【・・酒に乱れる夫信義をいさめ、名君といわれる信政を育て、武芸の心得もあり、和歌に長じ、琴、活花、茶の湯などにすぐれて、書をよくした。衣服や身の回りの調度品に菊の模様を好んで用いたことから「菊御前」とも呼ばれた】とされており、生前、仏道に深く帰依し、延宝6年(1678年)に「久祥院殿写経」といわれる写経をここ隣松寺に奉納しています。
 この写経は【妙法蓮華経8巻を鳥の子紙(和紙の上質紙、鳥の子色の紙の意、淡黄色)に浄書したもので折本8冊、かな書きであるところにその特徴がみられる。書跡は筆跡そのものも見事であるが、作者の優れた風格に接することが出来るので価値が高い】もので、県重宝にも指定されています。

 余談になりますが、大鰐町の名物のひとつに「大鰐温泉もやし」
大鰐温泉もやしポスター
があります。温泉を利用して育てたもやしで、350年以上前から栽培されていたといわれ、味の良さ・品質の高さが自慢のもやしです。
 「津軽の奥座敷」と呼ばれた大鰐町は歴代の藩主も湯治に訪れた温泉地で、かつてここには藩の御台所「大鰐菜園所」があり、もやしをはじめ、温泉熱を利用した促成栽培が行われていました。季節に先駆けて献上された「初物」は歴代の藩主をたいそう喜ばせたとされていますが、久祥院はことのほかこの菜園所が気に入っていて、母を敬愛していた信政は夏菜、葉にら、志の葉、芹、ふきのとう、青菜、もやしなどの初物を必ず久祥院に届けたと伝えられています。

 さて、信政は亡くなった久祥院のために位牌堂を造り、このお寺に寄進しますが、この「久祥院殿位牌堂」は、【台座の上に置かれた建築型1間厨子の形を取っており、宝形造木瓦葺の屋根の正面には軒唐破風を付けて、屋根の頂上には露盤宝珠を載せている。全体に黒漆が塗られ、細部に付けられた金具や細工物に特徴があり、細木を組み合わせた内部の格天井など、凝った造りであり、地方色豊かなものとなっている。】とされ、「久祥院殿写経」と共に県重宝にもなっています。
 ※【】は青森県ホームページ「あおもりの文化財」 からの引用です。
 
 本堂の祭壇
祭壇
の後ろ側の部屋にそれはありました。 ⇒久祥院殿位牌堂(画像複数)

隣松寺應慈濟


 帰り際に、境内の「應慈濟」というお堂に立ち寄り、中を覗いてみました。その由緒も縁起も分かりませんが、中には「千躰地蔵尊」が祀られており、天井には龍が描かれています。
 一体一体の地蔵尊それぞれに表情があり、それがズラーッと並んでいる様子はなかなか見応えがあります。
 ⇒應慈濟・千躰地蔵尊(画像複数)

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禅林街赤門

赤門位置

禅林街メモ 【赤 門】
 赤門は禅林街33ヵ寺の内12ヵ寺を構成されていて黒門通りとは対の関係になっています。
 黒門が長勝寺構えと言うのに対し赤門では耕春院(現宗徳寺)構えと称し、耕春院を中心に主に現室派が集められたと言われています。
 又、長勝寺構えが東西に直線的に配置されているのに対し、耕春院構えは枡形に配置する事で南北を現しているとも言われています。
         ※ HP「青森県:歴史・観光・見所」より
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 記事を更新しないままに10月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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