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Category: ふるさと【東北・青森】 > 鶴田町   Tags: つがるみち  

悲恋物語「津軽富士見湖」ーつがるみち113

 北津軽郡・鶴田町に廻堰(まわりぜき)大溜池という大きな溜池があります。周囲11km、堤の延長がおよそ4kmで、堤の長さは日本一とされています。
 この溜池は、岩木山を水源とする貯水池でしたが、万治3年(1660年)に弘前藩4代藩主・津軽信政の時代に、堤防が築かれ、用水池になったものです。
 その後、時代を経て、何回かの難工事の末、昭和35年に現在の堤防が完成し、県内で最も大きな人造湖として、西北津軽一円の田畑を潤しています。
 その景観はとても美しく、湖面に津軽富士・岩木山を映すことから、「津軽富士見湖」と名づけられ、人気の観光スポットにもなっています。
 この富士見湖に架かっている橋が「鶴の舞橋」で、文字通り、「湖面を舞う鶴」をイメージして造られていますが、HP「鶴田町観光ウェブマガジン」では、次のように紹介しています。
【「鶴の舞橋」は、全長300メートル、総ヒバ造りの三連太鼓橋。周辺の自然環境や景観との調和を保つため、橋脚には樹齢150年以上の青森ヒバ700本を使用し、日本古来の建築技術を駆使してつくられた。・・・ゆるやかなアーチを描く三連太鼓橋は、巌鬼山、鳥海山、岩木山の三峰で形成される岩木山を模しており、天候が悪く湖面に岩木山が映らない日でも、橋の影を岩木山に見立てて観賞できるよう配慮している。※HP「鶴田町観光ウェブマガジン」より】 ⇒富士見湖と鶴の舞橋(画像複数)

鶴の舞橋


 橋を渡って行くと、途中の休憩所に富士見湖にまつわる「悲恋物語」
「悲恋物語」説明板
が紹介されています。
【今から600年前、この辺りを治めていた清水城の城主・間山之守三郎兵衛忠勝が狩りの帰り道、草深い里にある太右衛門の家に立ち寄った際、同家の息女である白上姫と出会い、一目で白上姫を恋するようになった。二人は愛し合い、一年が過ぎた。
 ところが、翌年の秋、間山之守と土地の娘・琴姫との婚約が進み、間山之守はいつしか白上姫を忘れるようになっていった。そうとも知らぬ白上姫は、間山之守の正月用の晴れ着を縫い上げ、城下へとやってきた。城に近づくと、普通の日と違って大変な人通りである。不審を抱いた白上姫は通りかかった人に聞くと、この日が間山之守婚礼の日と知らされた。手にしていた晴れ着が落ちたのも知らず、人目を避けて帰る足はいつしか大溜池の畔に姫を運んでいた。水草が揺らぎ、波紋を残して白上姫の姿は水中に消えていった。 ※鶴の舞橋説明板より(要約) 】

 ー 白上姫は悲嘆のあまり、湖に身を投げた分けですが、翌年の春、小雨降る日、大溜池に清水城へ向って湖水を渡る白竜を見た人があり、「白上姫の霊」ではないか・・と、大騒になったと語られます。龍と化した姫は、間山之守を苦しめ続け、とうとう間山之守は狂乱し、自分の妻を殺し、自らも湖に身を投げてしまいます。それ以後、湖にはたくさんの鮒や鯉が住むようになり、鶴が飛来するようになったのだとか。。

戸和田神社


 この白上姫を憐れんだ村人達が、その魂を鎮めるために建立したとされる社が戸和田神社です。この神社は、鶴の舞橋の入口付近にひっそりと建っていました。神社にはつきものの石灯籠や狛犬もなく、鳥居の横に社号標
社号標
と、その奥に小さな社殿
社殿
が建っているだけです。
 戸和田=十和田で、青森県内には「十和田様」と呼ばれる神社や祠が数多くありますが、「十和田様」とは、窪地に水が溜まったものを指し、そこに水の神・龍神がいるという信仰が生まれたとされています(十和田湖の十和田信仰は、その代表的なもの)。ここ戸和田神社の中にも、龍神と自然石
龍神と自然石
が祀られていました。

 社殿の壁には、同様の「悲恋物語」が掲げられていましたが、物語の終わりの方に、「白上姫の悲劇を嘆いた村人は、戸和田神社とともに、村内に白山姫神社も建立した」と書かれていました。

白山姫神社


 その白山姫神社は、戸和田神社から見て、池の対岸付近に鎮座していました。青森県神社庁HPには、「元禄六年三月産土神として勧請す。 明治六年四月廻堰八幡宮に合祭される。 翌年復社。 」と記されています。
 御祭神は、伊邪那岐神、伊邪那美神、そして多くの白山姫神社がそうであるように菊理姫命です。

 境内には、並んで立っている庚申塔
庚申塔
のそばに末社
末社
がひとつ。こちらは拝殿
拝殿
の前にある子ども連れと鞠突きの狛犬
狛犬
です。田んぼと富士見湖を背にして本殿
本殿
が建っていました。

 富士見湖を挟んで、ちょうど向かい合うように「悲恋物語」を伝える社が鎮座していることは、この伝説が地域に長い間大切に語り継がれてきた「証」なのかも知れません。 ー この悲恋伝説は、青森ねぶたの題材になったり、地元の子ども達の「ふるさと学習」の素材としても取り上げられているとのことです。

                              ☆つがるみち☆
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 記事を更新しないままに10月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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