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Category: ふるさと【東北・青森】 > 五所川原市   Tags: つがるみち  鬼ッコめぐり  

奴踊りと鬼「嘉瀬稲荷神社」ーつがるみち133

 道路を走っていると、橋の欄干に面白いモニュメント
田舎館垂柳遺跡
があるのをよく目にします。それは、その地域特有の歴史とか名所・旧跡、あるいは産物などを描いたものなのですが、なかなか車を停めて撮影することができず、通り過ぎてしまう場合がほとんどです。
 今回は、五所川原市金木町嘉瀬(かせ)の稲荷神社を訪ねましたが、集落の橋の上に、盆踊りに興じている農民の姿を描いた人形?が置かれていました。「嘉瀬の奴踊り」です。

嘉瀬奴踊り


 この嘉瀬の奴踊りは、奥津軽の名物のひとつで、青森県の無形文化財にも指定されていますが、嘉瀬に約300年前から伝わる盆踊り唄です。
 旧金木町の新田開発は、主に元禄年間(1688~1703年)になされましたが、【嘉瀬の奴踊りは、この開拓事業の成就祈祷の「願人坊」が、田植時期に、出雲大社や住吉大社の神事である「田植踊り」を勧進して、金木新田の田植踊りとしたもので、日本の北限に現存している貴重な、しかも、他に例のない動きをもつ、特異な田植踊り】といわれています。
 唄は、「♪さあさこれから 奴踊り踊る(ソラ ヨイヤナカ サッサ)・・」とテンポよく進んでいく分けですが、その歌詞の中に「♪嘉瀬と金木の間の川コ 石コ流れで 木の葉コ沈む」というのがあります。実はこの歌詞は、「誠実な者は恵まれず、狡猾なものがはびこるのは残念なことだ。この世の中は逆さまだ」と藩政時代の社会を風刺したものといわれ、次のような伝承が残っています。

 ー 弘前藩4代藩主・津軽信政は、新田を開発し、米の増収を図ろうと、藩士まで投入し、開墾に力を入れていましたが、多くの藩士は「武士」の面子もあり、積極的ではありませんでした。【しかし、鳴海伝右衛門は、妻子と奴の徳助をつれて嘉瀬に住み、近隣の百姓たちと共に藩主の命令に従い、開墾に熱意をもち、昼夜の別なく総力をあげ、数年後には三石町歩の良田を造成することに成功しました。ところが、ある年に金木御蔵に年貢米を納めに行った際、かつて同僚であった者(要領よく立ち回った者)が金木御蔵の役人として出世しており、伝右衛門を見る目が意外にも冷たく、腰抜け武士の典型よと冷笑されてしまいます。以来、伝右衛門は次第に懐疑的になり、日がたつにつれて沈みがちになっていきました。】
 主人思いの奴・徳助はこのさまをみて、恵まれない主人をなぐさめようとして、即興的に節をつけて歌い踊ったのが、この奴踊りの始まりで、【徳助は、秋の取り入れの振舞酒の席や、月見の夜など自ら踊り、主人の不遇をなぐさめました。この奴徳助の心遣いに、伝右衛門は心から喜んで、自分でもこれを唄って踊りました。これが藩主の知るところとなり、やがて二人を弘前のお城に呼び、御前で唄い踊らせたところ、ことのほか喜ばれて賞讃されました。それからは、村人も踊りを習い、お祭りやお盆には村をあげて踊るようになりました。】と伝えられています。 
 ※【】は、五所川原市HP他を参考にしました。

 
 ー 「石コ流れて木の葉コ沈む(世の中逆さまだ)」という歌詞には、苦労しっぱなしで恵まれない農民達の思いも詰まっているのかも知れません。
 ⇒奴踊りモニュメント ※画像複数


稲荷神社拝殿


 さて、嘉瀬地区は同じ金木町の喜良市と境を接している所ですが、喜良市同様、ここにも鳥居に鬼を掲げている神社があります。
 稲荷神社もそのひとつですが、この神社は嘉瀬駅のすぐ近く、境内の横を津軽鉄道が走っていました。青森県神社庁HPには、【創立年月日不詳であるが、 「神社微細調書」 (安政二年八月) に依ると、 寛永十年再建と記載してある。 】と紹介されています。
 御祭神は、もちろん稲荷神・倉稲魂命(うかのみたまのみこと)で、お使いのキツネたち
キツネ像
も大小合わせて4体ありました。
 ここにもまた、杉の木の大木があり、神木として祀られています。境内の説明板によると、高さが25m、幹回りが4mほど、樹齢はおよそ450年とのことです。境内には、たくさんの杉木立がありますが、この神木は
神木
ひときわ高く、拝殿に長い影を落としていました。

◇稲荷神社境内 ※画像はクリックで拡大します。

 
一の鳥居
二十三夜塔
神使たち
神木と拝殿
拝殿



二の鳥居


 鬼ッコは二の鳥居に掲げられています。今まで、般若のような鬼らしい鬼や、力士のような、どちらかというと人間に近い鬼など、様々な鬼を見てきましたが、この神社の鬼は山伏風の姿をしています。
 鳥居の鬼には、その地域の願いみたいなものがこめられていて、それがそれぞれの鬼ッコの顔や姿に表れていると思うのですが、嘉瀬の村人は、どんな思いでこの鬼を掲げたのでしょうか。
 黒と赤、そして青い色が鮮やかな、少し上目づかいの若々しい鬼です。その表情は、何となく健さん(高倉健)にも似ているような・・。健さんに叱られるかも知れませんが。。
 ⇒嘉瀬稲荷神社鬼ッコ ※画像複数

                              ☆つがるみち☆
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 しばらく記事を更新しないままに八月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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