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Category: ふるさと【東北・青森】 > 五所川原市   Tags: つがるみち  鬼ッコめぐり  巨石と神石  

人丸と鬼「嘉瀬八幡宮」ーつがるみち135

 金木町嘉瀬にある「鬼ッコ神社」・・今回は、八幡宮(以下、嘉瀬八幡宮)を訪ねました。この神社は、先回、ご紹介した奴踊りのモニュメント
奴踊りのモニュメント
のある橋のすぐそばに鎮座しています。
 その由緒については、【建立年月日不詳であるが口伝に依ると元亀三年の建立にして明治六年四月村社になり明治四十年七月幣帛供進神社に指定になり昭和二十五年十月境内地譲与になった※青森県神社庁HP 】とあります。広い境内は、古くからこの地域の産土社として崇められてきたことを思わせます。

参道


 川に沿って進んで行くと、赤い神橋があり、一の鳥居が見えてきます。そばに、百万遍の塚があり、古びたお堂が建っていましたが、中には、色鮮やかな前掛けをしたお地蔵様
地蔵堂
が祀られていました。
 川岸に開けたこの神社の境内は、なかなか奥行きがあり、神武天皇碑をはじめ、庚申塔、二十三夜塔などが立っていました。「八幡様」ということで、神馬、鳩、狛犬なども拝殿に向かってズラーッと並んでいます。
 ⇒嘉瀬八幡宮境内 ※画像複数
 

 目を引いたのが、大黒天と恵比寿様のお堂です。両者とも福をもたらす七福神たちですが、【大黒と恵比寿は各々七福神の一柱であるが、寿老人と福禄寿が二柱で一組で信仰される事と同様に、一組で信仰されることが多い。このことは大黒が五穀豊穣の農業の神である面と恵比寿が大漁追福の漁業の神である面に起因すると考えられている。また商業においても農産物や水産物は主力であったことから商売の神としても信仰されるようになっていった。※wikipediaより
 ー 二柱をひとつのお堂に祭っているのは、やはり、新田開発に伴う五穀豊穣と、岩木川を利用した水運の繁栄を祈願したものと思われます。

 こういった様々な「神」を祭っている社を見ると、【各村々にある氏神・産土神は、今の村の人々の祖先・氏の上を祭っているだけではなく、多くは、分村、移住してきた時、団結と信仰の中心として何かを祀った。それは、もとの居住地の堂社であったり、あるいは近隣のものであったり、地域の流行神であったり、指導的立場の山伏、修験者が選んだりした。※小館衷三『岩木山信仰史』】ということがよく分かります。

◇嘉瀬八幡宮 ※画像はクリックで拡大します。

 
神橋
参道
大黒天と恵比寿
神武天皇像
境内



人丸の神石


 ところで、この嘉瀬八幡宮には、何とも奇妙な自然石?があります。名づけて「人丸の神石」・・人丸は、あの歌聖・柿本人麻呂のことです。
 正面から見ると、
人丸の神石
起き上がり小法師が、大きく口を開けているような形の石ですが、後ろへと回って見ると、何と、そこには「人丸」の文字。。
文字「人丸」

 この神石については、【嘉瀬八幡宮境内に“歌の神”として「人丸」の二文字を刻んだ大石が祀られています。その文字は「万葉集」の歌人で、三十六歌仙の一人でもある柿本人麻呂を意味するといわれ、同地区の昔日の文化を象徴する神石であると伝えられています。高さ70cm程の神石、いつ、だれが、どこで彫ったものか、いまでも歌の神として、詣でる人たちの姿が時々見かけられます。※HP「津軽なび」】と紹介されています。太宰治を生んだ文学の町・金木ならではの史跡?といったところでしょうか。

 余談ですが、以前、梅原猛先生の『水底の歌』という本を夢中になって読んだことがあります。「藤原不比等を中心とする時の政権に追われた柿本人麻呂は、やがて水死刑に処された。」「人麻呂は正史には登場しないが、同時代に柿本猿という人物がいる。人麻呂は懲罰のため、猿に改名させられた。」「人麻呂=猿は、即ち、猿丸太夫である。」といった内容は、まるで推理小説を読んでいるようでした。
 柿本人麻呂が津軽へとやって来た分けはありませんが、この神石、何となく人麻呂の肖像画と似ているような。。。
人麻呂と神石


お堂の鬼


 さて、この八幡宮には二体の鬼がいます。拝殿の前に二つの祠
稲荷様と鬼の祠
がありましたが、覗いて見ると一方は稲荷様、そして片方の祠には、木製の鬼が祀られていました。
 丸いドングリ目とふくよかな頬、大きく出っ張ったお腹など、なかなか貫禄のある鬼ッコです。
 口元のあたりが腐蝕していたり、左の手がもぎとられていたりと、痛々しい感じですが、かつては鳥居にあったものなのでしょうか。ろうそくも立てられていて、お参りする人々も多いようです。

二の鳥居の鬼


 続いては二の鳥居に掲げられている石造りの鬼。
 この鬼も風化が進んでいて、その表情はよく分かりません。祠にあった鬼と違って、こちらはやせ型の怖い表情をしていた鬼ッコだったと思われます。
 以前は、その角も鋭く尖り、牙もむき出しにしていたのではないでしょうか。
 「老骨にむち打って」、守り神としての役目を果たそうと、必死に鳥居を支えている・・そんな感じでした。
 
 ⇒嘉瀬八幡宮鬼ッコ ※画像複数

                              ☆つがるみち☆
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Comment
初めまして。 
こんばんは。
これまでも折に触れてお邪魔させていただいておりましたが、初コメント失礼します。

見事な朱色の鳥居ですね。
何だか自分の意志に関係なく、フラフラと引きこまれてしまいそう。

…そして、突然の申し出で大変恐縮なのですが、もしよろしければこちらのブログを拙宅にリンクさせていただいてもよろしいでしょうか?
何か不都合等ございましたら、お断りいただいて一向に構いません。
お手数おかけいたしますが、ご検討いただけましたら幸いです。
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