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Category: ふるさと【東北・青森】 > 弘前市   Tags: つがるみち  名水と霊泉  津軽の北斗七星  

津軽の北斗七星「乳井神社1」ーつがるみち145

 弘前市の乳井地区は、大鰐町と平川市とを結ぶ街道沿いに古くから開けた、歴史のある町です。
 「乳井」という地名は、「災いが起こりそうなとき、その前兆で手水が白く濁る(乳白色になる)」との言い伝えからこの名がついたそうですが、この乳井の町に、「坂上田村麻呂が津軽に建立した七社のひとつで、毘沙門天が勧請され武器が納められた」と伝えられている、いわゆる「津軽の北斗七神社」である乳井神社があります。

乳井茶臼館


 この一帯には、かつて、乳井神社をはさんで、茶臼館と古館という城郭が築かれ、津軽の戦国時代に、その争乱の舞台ともなった所ですが、現在、その館跡は展望所となっています。
 茶臼館は、高さ約60m程の丘陵地帯に築かれていた山城で、東西約150m、南北約300m位の規模だったといわれていますが、現在はりんご畑になっており、遺構らしきものは失われています。
 かつて主郭があった頂上には、麓の曹洞宗・盛祥院というお堂から登山道が延びています。道端には、石仏なども立っており、りんご畑の間を縫うように延びた道を上りきった所が展望台。大鰐町、弘前市、平川市の平野が一望できる素晴らしい眺めです。

◇乳井茶臼館 ※画像はクリックで拡大します。

 
盛祥院
石仏
茶臼館①
茶臼館②
茶臼館から


乳井古館


 一方、古(ふる)館は、乳井神社本殿の裏側の小山に位置しており、境内の中を通って高さ100m位の山頂まで行くことができます。
 展望台には、鳥居と観音堂?。辺りには、愛宕神社があり、小さな祠がありました。「丘公園」と名付けられているようです。ここからも、山裾いっぱいに広がるりんご畑と、水田や町並みを眺めることができました。

◇乳井古館 ※画像はクリックで拡大します。

 
古館①
古館②
古館③
古館④
愛宕神社


 この茶臼館と古館・・ともにその築城年代は定かではありませんが、鎌倉時代にこの地にやってきた乳井氏によって築かれたといわれています。
 乳井氏は着々とその勢力を広げ、戦国時代、乳井玄蕃の代には猿賀神社の別当となり、「津軽の法師三大名」と呼ばれるほどでした。当時、南部氏は、付近に石川城や大光寺城などを築き、一帯を勢力下に収めていましたが、乳井玄蕃は南部氏にも従わず、「沙門大名」ともいわれていました。そのため、大光寺城主・滝本重行は刺客を放ち、1565年に玄蕃を暗殺。乳井氏は、所領を侵略をされることになります。
 その後、大浦(津軽)為信が津軽統一を目指し、1571年に石川城を攻略したのを機会に、玄蕃の嫡子・建清は為信に臣従し、1575年の大光寺城攻めで滝本重行を津軽から追放することに成功した分けです。

 しかし、1579年には再び押し寄せた南部方により、茶臼館などが落とされると建清は為信軍に従軍し、激しい戦いを繰り広げました。「六羽川合戦」と呼ばれるこの戦いでは、為信も苦戦を強いられ、家臣が身代わりとなって戦死するほどでした。今、この乳井付近を流れる六羽川には、為信の身代わりとなって戦死した武士を讃え、「津軽忠臣の碑」が立っています。合戦は結局、為信軍が勝利し、乳井氏は所領を取り戻し、南部氏との抗争に決着がついた分けです。

乳井神社二の鳥居


 乳井神社は、このような激しい抗争の歴史を見つめてきた社ですが、かつては「福王寺(※乳井氏の旧姓)毘沙門堂」と呼ばれる熊野修験系統の山伏寺でした。その勢力は大鰐町から平川市にかけて、山岳一帯の広い地帯に及んでいたと伝えられています。
 大鰐町へと向かう道路沿いに一の鳥居があり、そこから境内へと参道が延びています。
 参道を進み、城郭を思わせる立派な門(鳥居?)をくぐったところに水汲み場
桂清水①
があります。「桂清水」
桂清水②
と名づけられたこの湧水は、昔は、神社右手にある桂の木の根元から湧いていたということから、その名がつけられたといわれています。
 現在は、少し場所が移されてはいますが、津軽地方を代表する名水のひとつとして、訪れる人も多いとのことです。この「桂清水」から
桂清水③
参道は境内へと続いています。

                           ー 次回へ続きます。

                                               ☆つがるみち☆
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Comment
 
名字が乳井なので、興味深く読ませて頂きました
津軽の伝説 
v-40津軽の伝説は敗者の伝説、悲哀のロマンですね。

日本海文化の重要拠点として、古代文明が栄えた土地柄。大陸との人的交流も盛んで、混血美人の末がいます。v-13
津軽の平定 
v-8津軽地方は、鎌倉時代までは独立した文化を縄文時代以来育んできた土地柄らしい。
日本海をまたいで大陸との交流も活発であった。

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 記事を更新しないままに10月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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