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Category: ふるさと【東北・青森】 > 弘前市   Tags: つがるみち  津軽の北斗七星  

津軽の北斗七星「乳井神社2」ーつがるみち146

 前回お伝えした乳井神社の奥、古館に登った時に、参拝に来ていた方々と少し言葉を交わしましたが、その方達は、「この神社には田村麻呂が隠した剣があるそうですが、今でもあるのでしょうか?」と笑いながら話していました。
 青森市内の方だそうで、同じく津軽北斗七神社のひとつ大星神社とともに、この北斗七星伝説に興味を持ち、親戚を訪ねるついでにこの神社に立ち寄ったということでした。

参道と拝殿


 りっぱな注連縄が張られた鳥居をくぐると、今にも飛びかかってきそうな表情の大きな狛犬
狛犬
が出迎えてくれます。燈籠も、とても大きなものですが、よく見てみると、その台座には龍が彫られていました。
燈籠

 参道には、恵比寿様や大黒天の石像がある神池がありますが、そのそばには龍神宮の祠が二つ並んで建っています。「金龍大聖王神」と記された祠の中を覗いて見ると、こんな神様が祀られていました。


 広い境内の中には、稲荷神社をはじめ、天照皇大神、猿田彦大神、牛頭天皇などを祭っている末社がありますが、その中に戸隠神社があります。
 前回お伝えしたように、この乳井神社はかつては「福王寺毘沙門堂」と呼ばれていた分けですが、鎌倉時代にこの地にやってきて、城郭や堂宇を建立した乳井氏は、もともとその先祖は信濃国・戸隠の修験僧であったと伝えられています。境内の戸隠神社は、そんな由緒を物語っているのでしょうか。

◇乳井神社境内 ※画像はクリックで拡大します。

 
神池
龍神様
戸隠神社
拝殿と祠
拝殿内



本殿


 さて、この乳井神社は、坂上田村麻呂が蝦夷征伐の際に毘沙門天を祀ったとの伝説を持ち、一帯に大きな勢力を持っていた熊野修験・福王寺だった分けですが、その由緒は、【承暦2年(1078)に福王寺が開山したことで神仏混合し、戦国時代末期には津軽氏の庇護の元、猿賀神社の別当にもなり寺運が隆盛した。江戸時代に入ると弘前藩主の祈願所として庇護された。現在の社殿である旧毘沙門堂は、明暦元年(1655)に3代藩主津軽信義によって再建された。】といわれています。
 その後、明治の神仏分離令により、社号は「乳井神社」と改められた分けですが、その際、【境内にあった仁王門や鐘楼などが撤去され、仁王門に安置されていた仁王像は黒石市の浄仙寺に移された。】とされており、この仁王像は
浄仙寺仁王像
現在、黒石市有形文化財に指定されています。
※【】は、HP「青森県歴史観光案内所」他を参考にしました。

 御祭神は、武甕槌命(タケミカヅチ)と経津主命(フツヌシ)、そして天手力男命(アメノタヂカラオ)。神話では、武甕槌命は大国主に国譲りを承諾させた神、経津主命は、刀剣の神ともいわれ、武甕槌命とともに国造りに活躍した神、天手力男命は天の岩戸からアマテラスを引き出した神です。
 ー 毘沙門天、そしてこの三神と、代々「武神」を祭ってきたこの社は、治政者にとって、戦略的に重要な位置を占めていたのでしょう。

五輪塔と板碑


 ところで、この神社にある板碑群と五輪塔は、弘前市指定有形文化財になっています。
 板碑群は、【神社境内とその周辺に分布していたが、神社の墓地の板碑は昭和初期に集められたものである。13基の板碑の年代は、鎌倉時代末期から南北朝時代に造立されたと考えられ、年号のあるものは十四世紀初頭のものが多く、当地方では早い時期に属している。石材は石英安山岩が多く、種子や願文を刻むが、種子を月輪で囲むものや二重線で区画するなどいくつかの種類が見られる。】
 また、五輪塔は、【この五輪塔は以前、本殿の裏にあったものである。比較的大形の五輪塔で、空・風輪は当初のものではなく、補修されている。火・水・地とも後部に破損が見られるが、押しつぶされた形の水輪の三面には種子が刻まれている。乳井城主の墓塔と伝えられるが年代が符合せず、五輪塔の年代はその規模や文献史料・板碑の存在から推定すると、津軽地方には少ない鎌倉時代の制作である。】と紹介されています。
※【】はHP「弘前の文化財」より

 実は、参道や社殿前にもいくつか板碑
参道と拝殿前の板碑
が立っているのですが、このまとまった板碑群は本殿の裏側、りんご畑の中にありました。
 拝殿の脇の坂道を登ると地蔵堂
地蔵堂
があり、そこから道が分かれています。案内の立て札
案内の立て札
にしたがって小道を登って行くと、その板碑群が見えました。

 私が訪ねたときは4月の中旬で天気も良かったのですが、やはりそこは墓所。。雪解けが終わったばかりで、辺りが「緑」になる前だったこともあり、何となくもの淋しい場所でした。

◇乳井神社の板碑と五輪塔 ※画像はクリックで拡大します。

板碑群①
板碑群②
板碑群③
板碑群④
板碑
五輪塔


                                               ☆つがるみち☆
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Comment
津軽の伝説 
太宰治の「津軽」という作品の重さを思います。寺山修司の思い入れも理解できますね。
私は、北海道ですから、義経伝説に関心があります。v-12
古代の伝承文化の地 
v-8何と・・・・津軽三味線の勇壮な高鳴りは日本海の波しぶきの音。大陸と行きかう交流船、海賊船の宴の歌・・・

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 しばらく記事を更新しないままに八月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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