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  ーおじさんのバーチャル旅行記!ー                      

 
Category: ふるさと【東北・青森】 > 弘前市   Tags: つがるみち  

カミサマの聖地「赤倉霊場 2」ーつがるみち150

 私が赤倉霊場を訪ねたのは5月の初めでした。その時はまだ桜の花が咲いていて、所々に残雪があり、なかなか奥へと進めませんでした。お堂や狛犬などの雪囲いもそのままで、「さすが山奥だ」と思ったものです。
 それから3週間後に訪ねた時には、雪も消え、いくつかの神社やお堂には、何人かの人々がやって来ていて、囲いを外したり、掃除をしたりしていました。「霊場開き」に備えていたようです。
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※記事の中の○○○○は、以前の記事や画像へのリンクです。また、□(青い枠)で囲まれた画像は、クリックで拡大します。
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 この霊場の中心である赤倉山神社からは道が2つに分かれていて、左側の方は、赤倉登山道へと続いています。真っ直ぐに進むと、十腰内堂の方へ向かうようです。案内図
案内図
の⑥⑦⑧の辺りでしょうか。もっとも、周辺にはいくつかのお堂や祠が散在していて、正直、どれがどれだか分かりません。ともかく、真っ直ぐな道を進みました。

 ゆるい坂道を登り切ると、赤い鳥居と建物が見えてきます。「赤倉山宝泉院」と呼ばれる辺りでしょうか。道場とも思われる大きな建物もあります。
 ここの境内には、弘法大師や龍神大神が祀られていますが、「庚申大神」と書かれた大きな碑があり、台座には下駄も置かれていました。いかにも「修験」を思わせます。
 この場所にはかつて「赤倉山三重塔」という三重の塔が築かれていましたが、現在は取り壊され、その跡だけが残っています。
 赤倉に盛んに霊堂が築かれたのは、ほぼ50年位前のことですが、その使われ方もいろいろで、この地のみを霊場とするものや、それぞれの「カミサマ」が住む里の社が本拠地で、赤倉をいわば「奥の院」として位置づけているものも多いようです。
 中には、廃堂になったと思われるものもありますが、考えてみれば、「カミサマ」が有する特殊な霊能力は、一代限りのものであり、その子孫へと簡単には引き継げないものなのでしょう。

◇三重塔跡の辺り

 
赤倉山神社
赤倉山宝泉院辺り
龍神大神
庚申大神
三重の塔跡


 また少し進んで行くと、別の霊場が見えてきます。十腰内堂の辺りなのでしょうか。ここもまたインパクトがある摩訶不思議な空間です。
 御神木の側に鳥居と小さなお堂があり、たくさんの神様達の石像が立っています。赤倉大神、岩木大神、猿田彦大神、鋭い剣を背にした不動明王など。。
 その中に、もんぺ姿の一人の女性の像があります。女性は「平間ハル」という方で、この十腰内堂を開いた人物ですが、昭和39年の朔日山登山(旧暦7月29日)で、大雨をついて信者とともに登山を強行し、信者たちの目の前で、鉄砲水に巻き込まれて亡くなった方なのだそうです。 ー 信仰に殉じたということなのでしょうか。
 余談ですが、昭和39年(1964年)といえば、東京オリンピックの年。この年の1月には、秋田県大館市の大館鳳鳴高校山岳部員5人が吹雪の岩木山で遭難し、
田澤拓也『空と山のあいだ』
4人が命を落とした遭難事故が起きています。岩木山で、悲惨な事故が続いた年だった分けです。

◇十腰内堂辺り

 
十腰内堂辺り①
十腰内堂辺り②
十腰内堂辺り③
十腰内堂辺り④
十腰内堂辺り⑤



弘法大師ほか


 さて、前述したように、私が2回目に訪れた時には、多くの人達がそれぞれの霊堂を清めていた分けですが、何気なくその方達の「こぼさま、やったが」という会話が聞こえました。?と思いましたが、これは「弘法大師さまをきれいにしましたか」ということのようです。
 この会話から分かるように、ここ赤倉霊場には、赤倉大神(赤倉大権現)とともに、弘法大師を祀るお堂や、大師像がとても多いのに気がつきます。

 
 津軽地方においても、弘法大師の信仰は盛んで、23ヶ所の「津軽弘法大師霊場」をはじめ、各地の寺社に大師像が立てられていますが、弘法大師が津軽を訪れ、民衆に道を説き、様々な功徳を施したという伝説もまた、数多く残っています。
 ー 【弘法大師が弘前の町の酒屋に入り、ざるを出して酒を買い、代金を払おうとした。亭主は、ただの僧ではあるまいと思い、代金はいりませんと答えた。すると大師は、では疫病よけのまじないを教えようといって、そうめん三本、イモ三本、ネギ三本を塩なしで煮て食うべし・・といって立ち去った。※『青森の伝説:弘法の酒買い』角川書店】など。。。

 また、赤倉の大師信仰については、【赤倉山は、真言宗開祖弘法大師巡錫の地と伝えられている。弘法大師御霊験記によると、弘仁十一年(八二〇年)御大師様は、陸奥国御巡錫のおり赤倉霊場に立ち寄られたと記されている。 御大師様が、巨岩の前にお立ちになって「三世十方の諸仏、若しこの地に密教広まりなば、此処に我が足跡を印し給え」と呪文を唱え、その岩をお踏みになったところ、忽ちわらじの跡が歴然と印されたと言う。※HP真言宗津軽仏教界「津軽弘法大師霊場」より】といわれています。赤倉山で行に励んだ修験者達が伝えたものなのでしょう。 

 ⇒赤倉霊場の弘法大師像 ※画像複数

                         ー 次回へ続きます。

                                               ☆つがるみち☆
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 記事を更新しないままに10月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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