のんびりとじっくりと!

  ーおじさんのバーチャル旅行記!ー                      

 
Category: ふるさと【東北・青森】 > 弘前市   Tags: つがるみち  鬼ッコめぐり  

鬼と大兄「赤倉霊場 3」ーつがるみち151

 十腰内堂から、再び来た道を引き返し、基点となる赤倉山神社へと戻ってきました。案内図
案内図
によると、ここから左手の道を行くと、その先にも多くの霊堂が続いていますが、霊場の中を流れている大石川を境にして、⑨番~⑫番と、それ以降の社が分けられて建っています。
 案内図を参考にして、ざっとひと巡りしてみましたが、「ここが○○○だ」と、なかなか特定できませんでした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※記事の中の○○○○は、以前の記事や画像へのリンクです。また、□(青い枠)で囲まれた画像は、クリックで拡大します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

一代堂入口


 大石川に架かる橋の手前までには、大小の鳥居やお堂が並んで建っています。「弘法大師堂」や「一代堂」などのお堂は、平川市の「赤倉山金剛寺」というお寺の建立によるものですが、他にも、各地域のカミサマ達の里社の別院とも考えられる社が並んでいます。
 鳥居、三十三観音石像、弘法大師像・・・ここには神仏習合の世界が、何の違和感もなく存在しています。
 中には、力士と行司が一緒に祀られているお堂もあったりします。「相撲大神」とでも呼ぶべきか。

◇大石川手前の霊堂など

 
三十三観音
大師堂
相撲大神?
赤倉大神①
赤倉大神②



大石川


 大石川は、霊場を流れる渓流ですが、その橋の先は岩木山への登山道へと続いています。ちなみにこの橋、5月の初めに訪れた時は使用禁止の状態でしたが、
登山橋
今は取り壊され、立派な新しい橋に生まれ変わっていました。
 この橋を渡って少し進むと、「赤倉山大山永野神社」と「赤倉大神」という2つの神社の前に出ます。「種市」とか「石川」とかいう地名を見ると、それぞれに里宮を持つ社なのでしょう。多くの方々が、神社の中や周りを清めようと、いっしょうけんめい働いていました。
 そこからは、少し心細くなるほど長い登り道が続きます(実際は、それほどでもないと思いますが)。「赤倉山大神」という赤い社が見えたときは、正直、ほっとしました。それにしても「赤倉○○」という、同じような名前が多いのには面食らいます。
 ここは、霊堂が建ち並んでいる場所としては一番の奥にあたるらしく、「みそぎの滝」方面と、「赤倉山(厳鬼山)登山道」方面の2つに道が分かれているようです。
 私が訪ねた時は、ちょうど巡礼姿の団体のみなさんがやってきていて、各お堂に参拝し、滝の方へと進んで行きました。
 登山道の入口には、登山者の安全を祈るかのように慈母観音
案内板と慈母観音
が立っています。「赤倉コース」と呼ばれるこの登山道は、かつては岩木山登山の中心でしたが、急峻な道が続く難コースだったため、比較的平坦な百沢コースや嶽コースが使われることが多くなったとのことです。赤倉沢を越え、厳鬼山頂上へと至るこの登山道には、三十三観音が立ち並び、登山者を守っています。

◇赤倉山大神付近

 
赤倉山大山永野神社
赤倉大神
赤倉山大神付近①
赤倉山大神付近②
赤倉山大神付近③



赤倉大神宮


 さて、私は青森県HP「鬼コ詳細一覧」やGoogle「鳥居の鬼コmap」などをもとにして、弘前から西北津軽の「鳥居の鬼ッコ」を回ってみたのですが、ここ赤倉霊場の「赤倉大神宮」の鬼も紹介されていました。
 厳鬼山、赤倉、その麓の十腰内や鬼沢は、何度もお伝えしてきたように津軽の鬼伝説のルーツ・・ここから鳥居に鬼ッコを掲げたりする風習も始まった分けです。
 「赤倉の大人」とか「大兄」「大仁」といわれ、怖れられながらも敬愛されているこの「おに」たちは、
・天にとどくほどの大きな身長
・体格ががっちりしている
・大岩を持ち上げるほどの力持ち
・鼻が高いなど顔立ちが異国人風 (※青森県音楽資料保存協会HPより)
の民として語られますが、ここ赤倉霊場などに祀られている「赤倉大神」
赤倉大神
の像を見ると、その特徴的な風貌がよく分かります。

 彼らはまた、「働き者で、やさしく、高度な技術力を持ち、村人に農業や潅漑の道具や知識・技術を授けた人々」とされていますが、「高度な技術」とは、かつて岩木山麓で盛んに行われてきた製鉄技術であるともいわれています。赤倉山(厳鬼山)付近からは、製鉄炉の跡がたくさん発見されており、【操業年代は、奈良~平安時代の頃からはじまり、江戸時代にわたると推定されており、古代から中世を経て近世にわたる長期の間、岩木山赤倉の山麓一帯で、製鉄作業がおこなわれていたことを、これらの遺跡が示している】とのことです。

 そして、【彼らは普段、山にこもって生活していたため、山から離れた里の人々と交流を持つことは少なかった。そのため、自分達とは風貌が大きく異なる不思議な民の噂が、いろいろと人々の想像力をかきたて、さらにその「山の民」の持つ高度な技術が、人智を超えた魔術のように受け取られたこともあって、次第に枝葉がつけられ、仏教説話の中の「鬼」と同一視され、バケモノ扱いされていった。しかし、彼らと交わることが多く、彼らとの関係の深かった「山に隣接する地域」では、「鬼」の文字は使うものの、その意味合いは、あくまで、多くの知識を授けてくれる「大兄(おに)」であり、現在も彼らへの尊敬と親しみの念が脈々と息づいている。】といわれています。
※【】は、青森県音楽資料保存協会HPからの引用・要約です。

 それぞれの神社の「鳥居の鬼ッコ」の中には、般若を思わせるものも多くありましたが、ここ赤倉大神宮の鬼は、赤倉大神と同様、異国風の容貌でした。大きな鬼面の下に龍神が刻まれていたのも印象に残りました。

 ⇒赤倉大神宮の鬼 ※画像複数

                                               ☆つがるみち☆
関連記事

記事を読んでいただき、ありがとうございます。よろしかったら、応援をお願いします!

                 日本史 ブログランキングへ    にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ にほんブログ村    


Comment

Trackback
10-2017
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

«   »

カテゴリー

openclose

グループ別記事

よろしくお願いします!
⇩に参加しています。応援してくださると励みになります!
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村        

歴史 ブログランキングへ
Welcome
 記事を更新しないままに10月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
My Profile
Author:korekarada       ふるさと「東北・青森県」の史跡を巡り、感想などを綴っています。ときには、まだ見ぬ地方への憧れを「バーチャル旅行記」として、書いていきたいと思います。
My Friend
Thanks!
現在の閲覧者数:
My Contents
記事で紹介しているContentsをまとめています。ご覧ください!
コメント&トラックバック
Comments<>+-
Trackback <> + -
QRコード
QR