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Category: ふるさと【東北・青森】 > つがる市   Tags: つがるみち  

大神の里宮2「津軽赤倉山神社」-つがるみち157

 今回はつがる市稲垣町繁田の津軽赤倉山神社を訪ねました。ここもまた、赤倉霊場に奥の院をもち、ここ繁田の地に里宮を有する神社です。
 現在は「宗教法人津軽赤倉山神社」となっていますが、由緒によると、ご先祖様が、神道の神様に導かれ修行し、「カミサマ(ゴミソ・霊能者)」となり、県内外の人々に広く信仰され、神社を創立するまでに至ったとのことです。
 御祭神は津軽赤倉山大神ですが、霊場の奥の院
赤倉霊場:津軽赤倉山神社
と同様、天照大神や弘法大師、猿田彦など、多くの神々が「大神」として祭られています。

二の鳥居


 稲垣町を流れる岩木川の土手の下に、この社は鎮座している分けですが、その境内の横には、いくつかのお堂や祠が立っています。
 稲垣町といえば町内に2,000箇所はあるだろうといわれる「化粧地蔵」のお堂が有名ですが、神社の周りにも地蔵堂がありました。中を見ると十字前掛けをした大小のお地蔵さまが並んで祀られています。
 ロウソクや線香、鐘などもそばに置かれており、地域の人々が大事に祀っている様子が伝わってきます。中には、破損した(首だけ、胴体だけとか)お地蔵様を集めて供養しているお堂もありました。
 そばには、小さな鳥居や庚申塔なども立っていますが、ひとつの祠を覗いて見ると、そこには龍の形をしたロウソク立ての後ろに、女神形の水虎様が置かれていました。ここもまた、岩木川の氾濫に悩まされてきたところだったのでしょう。化粧地蔵と水神・水虎様は、そのことを物語っているようです。

◇地蔵堂ほか

 
末社と地蔵堂
地蔵堂①
地蔵堂②
地蔵堂③
水虎様



社務所


 土手の上から神社へと降りる参道
参道
が延びていて、道端には赤倉大神や弘法大師の像が立てられていました。
 境内には、ひと際大きな猿田彦大神の碑があります。猿田彦は、赤倉の霊場でも赤倉大神や弘法大師と並んで、数多く祀られている分けですが、面白かったのは、この猿田彦の碑の台座に三匹の猿がいたことです。いわゆる「見ざる 言わざる 聞かざる」
「見ざる 言わざる 聞かざる」
です。猿田彦神は庚申信仰と結びついている(「猿」は庚申の「申」に通じる)とされていますが、庚申の使いは猿であることから、この三匹の猿が置かれているのでしょう。

 境内の端の方には、大小様々な石が祭られています。ひとつひとつに祭壇が設けられていたり、注連縄が張られていたりします。石に刻まれた名前を見てみると、「熊野、立山、高千穂、出雲」
熊野大神など
などがあり、日本の古代からの霊地が「大神」として崇められているようです。
 もちろん、岩木山の三つの峰(鳥海、岩木、厳鬼)も祭られている分けですが、そばには、「大石山大神と大石姫大神」
「大石山大神と大石姫大神」
という丸石が寄り添うように置かれています。これは、赤倉霊場の入口にあたる大石神社の御祭神である高皇産霊神(タカミムスビノカミ)と神皇産霊神(カミムスビノカミ)を表したもののようです(両神は、男女の「むすび」を象徴する神であると考えられていることから、大石神社は、子授けの神、安産の神としても古くから信仰されている)。

◇津軽赤倉山神社境内

 
赤倉大神ほか
拝殿
猿田彦大神
岩木山大神
御神馬


 さて、伝説では、【昔、赤倉山(厳鬼山)には鬼神が住み、里の人々を苦しめていたので、坂上田村麿が勅命を受けて征討にやってきたが苦戦続きだった。ある日、「錫杖の印と卍の旗を用いよ」という神託にしたがって攻めたところ、鬼たちは退散した。】と語られている分けですが、ここ津軽赤倉山神社の由緒書き
由緒書き
によると、【(田村麻呂軍が)もはやこれまでと思いし時に、雲の中より津軽赤倉大神が現れ、そのお告げにより勝ち戦となり・・】とあり、神託を授けたのは赤倉大神であるとされています。

 伝承はともかく、菅江真澄が「つねに霧が深く立ち込めて、ほの暗く、道もたいへん険しい。赤倉(巌鬼山)には、「鬼神」が隠れ住んでおり、その身丈は相撲取りより高い。」と書いていることや、現在の岩木山神社は、巌鬼山神社のあった十腰内から、寛治5年(1091年)の頃に移されたとされていることなど、一帯が古くからの信仰の地であったことは確かなことです。

 この赤倉の神様は、庶民に敬われただけではなく、津軽藩(弘前藩)にとっても厚い信仰の対象だったようで、【津軽藩日記によると、寛文6年(1666年)5月に大旱魃があり、4月からの連日の日照りで田畑は壊滅的状況にみまわれたことが記されています。その際、様々な雨乞いの方法を試したものの、効果がなく、ついに藩命によって、赤倉山での山伏たちによる祈祷がおこなわれるに至ります。その後、念願の雨が降り出したといわれています。山伏たちの祈祷の効果の真偽はともかくとして、津軽藩においても非常時に頼むのは、『赤倉山の鬼神』であるという点が注目され、『赤倉山の鬼神』は、古くから、単なる俗世の民間信仰ではない、『権威ある存在』であったということが知られています。※青森県音楽資料保存協会HPより】とのことです。

ー ここ津軽赤倉山神社の由緒書きは、赤倉大神が、古代から藩政時代、そして現在に至るまで、深く崇められてきたことを物語っているのでしょう。

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 しばらく記事を更新しないままに八月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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