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  ーおじさんのバーチャル旅行記!ー                      

 
Category: ふるさと【東北・青森】 > 弘前市   Tags: つがるみち  名水と霊泉  

修験の森1「尾開山と御茶ノ水」-つがるみち167

 弘前市と大鰐町が境を接する辺りに、尾開山と堂ヶ平山
尾開山と堂ヶ平山
という2つの山がありますが、両者を結ぶ山麓周辺は、東北自然歩道として結ばれています。
 自然歩道の名前は名水と忍者修験道のみち
名水と忍者修験道のみち
。「忍者修験道」とは、2つの山一帯は、中世から江戸時代を通じて、山伏(修験者)達の修行の場であったことに由来しています。また、「名水」は、尾開山の中腹には「御茶ノ水」、堂ヶ平山には「桂清水」という、いずれも県の「私たちの名水」に認定されている湧水があることから名づけられたものです。
 私はまず、石川地区にある「御茶ノ水」を訪ねてみることにしました。

文学の丘


 御茶ノ水へは、大仏公園(石川城址)のそばを通り、「文学の丘」という見晴らしのよい台地へと進みます。そこからは、りんご畑の中の道路を進んで行く分けですが、いつの間にかりんごの花も過ぎ、実をつけていました。しばらく行くと「尾開林道」の入口が見えますが、狭い道を通って行くと、やがて御茶ノ水へと出ます。

 ところで、この尾開山(おびらきやま:508.8m)は、「クリの山」といわれたほど、一帯からはクリがたくさん採れたそうで、「昔は、山全体がほとんどクリの木で覆われていた。今見られる杉林もリンゴ園も、みんなクリ林だった」といわれています。山頂には「種グリ」と呼ばれる幹周り4.8mというクリの巨木もあるのだとか。

 
 クリは、地元の人々の大切な収入源でもあったようで、【収穫期に強風が吹くとその夜、太鼓をたたきながら「明日は山開きだ」と地区内を触れ回り翌日午前7時、地区民が山に向かって一斉に走りクリを拾った。クリ拾いはその日の正午まで、と決まっていた。それ以降は自分の山でも入ることは許されなかった。山を守るためだった。半日だけの収穫だが、180キロを拾う者もいた。このクリを馬に引かせ、黒石、大鰐、平賀、鯵ケ沢など周辺市町村に売りに行った。「コメ1升、クリ1升」と言われたように、コメと同じ価値だった。クリをコメや魚と交換する人もいた。】という話が残っています。
 また、【当然クリは、ほかの地区から狙われた。夜陰に紛れて忍び込み拾う人もいた。このため同地区では「1人たりとも山に入れるな」と2カ所に番小屋を建てて見張りを置いたほか、シーズンになれば常時山を巡回した。運悪く見つかったクリ泥棒は、太鼓を先頭に同地区内を引き回された。】ともいわれているところをみると、ここは正に「クリの村」であったようです。※【】はWeb東奥「あおもり110山」からの抜粋

 前述したように、尾開山一帯は中世からの「修験の森」であった分けですが、江戸時代には津軽藩の戦術師範山鹿一族の修練の場だったといわれています。また、弘前城築城の際、尾開山山麓の木材が使われた、と伝えられているなど、地域の人々は、古くから、尾開山と密接にかかわってきたようです。

◇御茶ノ水まで

 
 
りんご畑
クリの木
尾開山
杉木立
御茶ノ水


明治天皇巡幸碑


 現在も、石川地区の人々の尾開山の豊かな自然を守ろうとする営みは続けられており、御茶ノ水の休憩所には、「ブナの森造成」と題して、こんな文が
ブナの森造成
掲げられていました。
 さて、この尾開山の名水「御茶ノ水」ですが、【昔は「長坂の水」と呼ばれていた。1881(明治14)年9月10日、明治天皇が東北ご巡幸の際、弘前市石川地区の斎藤七内氏の家で休憩された。そのとき、地区総出でこの水を選び、天皇にお茶を差し上げた。以来、この水は「お茶の水」と呼ばれている。】といわれています。

 
 明治天皇一行は、明治9年と同14年に青森県を巡幸されたといわれています。県内には「御膳水」や「御茶水」と名づけられた名水が数ヶ所ありますが、いづれも明治天皇が東北を巡幸した際に、お茶や料理用として使用された湧水で、ここの御茶ノ水もそのひとつだった分けです。

 林道沿いに水屋と休憩所があり、そばには明治天皇のご巡幸記念碑が建っていました。水量はとても豊富で、一口飲んでみたのですが、冷たくとてもおいしい水でした。
 私が訪れた時には、既に何人かの方が水汲みにやってきていましたが、水が入ったペットボトルが20~30本あまり、びっしりとダンボールに詰められていました。中には、「じょうご」を取り付けたホースを水の出口に置いて、ポリタンクに入れている方もいます・・・アイデアですね。

 この方たちは、ここの常連のようで、「いろいろな所の湧き水を回ったが、ここのが一番良い(おいしい)。ペットボトルに汲んでいって、コーヒーを飲むときなどに使っているが、水は2ヶ月はだいじょうぶだ。」と言っていました。

 この御茶ノ水からは、もうひとつの湧水である「堂ヶ平桂清水」
案内板
までの自然歩道が続いていますが、道の状態が悪いため、通行止めになっていたので、いったん戻って、大沢地区から堂ヶ平方面へ向かうことにしました。

◇御茶ノ水

 
御茶ノ水①
御茶ノ水②
御茶ノ水③
御茶ノ水④
御茶ノ水⑤


                         ー 次回へ続きます。

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津軽の伝説 
津軽は古代史で重要な役目を果たしていますね。
坂上田村麻呂の伝承、蝦夷族の伝承など古代史では重要な役割を担ってましたね。

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 しばらく記事を更新しないままに八月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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