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Category: ふるさと【東北・青森】 > 弘前市   Tags: つがるみち  津軽の七福神  

津軽の七福神2「求聞寺」-つがるみち173

 岩木山神社の隣にある求聞寺(ぐもんじ)は、津軽三十三霊場の3番札所であるとともに、津軽弘法大師霊場の9番札所、そして、丑年と寅年生まれの「一代様」として知られ、多くの信仰を集めている寺院です。
 私は以前にもここを訪れたことがありますが、その時は、三十三観音めぐりが目的で、参道に立つ観音像や境内の観音堂を中心に見たものでした。

 
 ⇒以前の記事へ  求聞寺①  求聞寺②

 ですが、その後、このお寺は「大黒天」を奉安する津軽七福神霊場のひとつであることを知り、もう一度訪ねてみようと思いました。

参道


 求聞寺の山号は岩木山(いわきさん)、虚空蔵菩薩を本尊とする真言宗智山派の寺院ですが、その草創は、津軽藩2代藩主・津軽信枚によると伝えられています。
 当時、津軽家では、藩主の継承問題をめぐる争乱(津軽騒動)が起こりました。結果、藩主となった信枚は領内の安定を願い、真言密教の「求聞持法」の荒行を行い、寛永6年(1629年)に百沢寺(現・岩木山神社)内に、虚空蔵菩薩を勧請して「百沢寺求聞持堂」を建立しましたが、それがこの寺院の始まりとされている分けです。

 虚空蔵菩薩は「広大無辺の智慧と福徳を授ける菩薩」で、求聞寺の名は「求聞持法」からとったものです。
 百沢寺(ひゃくたくじ)は、明治の神仏分離により廃寺(岩木山神社となる)になりましたが、求聞持堂もまた明治9年の火災により焼失。その後、愛宕山橋雲寺の衆徒・南光院斎藤法善が小俺を取り結び、再興し現在に至っています。

 神社を思わせる鳥居をくぐって参道を歩いて行くと、おなじみの三十三観音石像が道の両脇に立っているのが見えます。以前に来た時はあまり感じなかったのですが、参道には杉の大木がとても多いことに気づかされます。中には、根元がくっついている「夫婦杉」という木もあったりしますが、これも以前は気づかなかったものです。この夫婦杉は神木となっているようです。観音様を数えながら石段を登ると境内、見慣れた鐘楼堂や本堂、観音堂などが見えました。

◇求聞寺参道と境内

 
観音像
夫婦杉
境内
鐘楼
本堂



本堂①


 今回は、大黒天を拝むために本堂の中へ入ってみました。入口には「虚空蔵菩薩」と記された扁額。祭壇の上にも同じような扁額が掲げられていました。本尊は祭壇中央に祀られているようです。
 天井には、津軽家ゆかりの寺らしく津軽牡丹
津軽牡丹
が描かれています。奉納された絵馬の中には、真ん中に虚空蔵菩薩、両脇に虎(寅)と牛(丑)を描いたものもあります。このお寺を象徴している(本尊と丑寅の一代様)ような絵馬です。
 大黒天は、祭壇の左側(向かって)に祀られていました。

 さて、「大黒天(大黒様)」といえば、「左肩に大きな袋を背負い、右手に打出小槌を持ち、米俵を踏んでいる」という長者風の、いかにも福々しい姿を思う浮かべますが、元来、大黒天は【ヒンドゥー教のシヴァ神の化身であるマハーカーラのことである。「マハー」とは大(もしくは偉大なる)、「カーラ」とは時あるいは黒(暗黒)を意味するので、大黒天と名づく。あるいは大暗黒天とも漢訳される。その名の通り、青黒い身体に憤怒相をした護法善神である。】とされているように、青黒い身体を持つ破壊の神・戦闘の神であったようです。

 日本においては、「大黒(だいこく)」が「大国」に通じるため、古くから「大国主命」と習合し、【当初は破壊と豊穣の神として信仰されていたが、後に豊穣の面が残り、七福神の一柱の大黒様として知られる食物・財福を司る神となった。】とされていますが、その姿形も、【室町時代以降は大国主命(おおくにぬしのみこと)の民族的信仰と習合されて、微笑の相が加えられ、さらに江戸時代になると米俵に乗るといった現在よく知られる像容となった。現在においては一般には米俵に乗り福袋と打出の小槌を持った微笑の長者形で表される。】というように変容しています。なお、袋を背負っているのは、「大国主が日本神話で最初に登場する因幡の白兎の説話において、八十神たちの荷物を入れた袋を持っていたため」であるのだとか。 
 ※【】はwikipedia他からの抜粋です。

 大黒天に対する信仰は民衆の間に広まり、大黒頭巾をかぶり、手には打出小槌を持って、大黒天に扮して舞う祝福芸である「大黒舞」を生み出したり、かつては、「家を建てるとき、土間と座敷の間に中心となる柱が立てられ、そこに大黒天を祀った」という、いわゆる「大黒柱」の風習も生まれたりしました。
 また、大黒天は、生活の中心である台所(カマド)を守る神様でもあることから、「家内安全」、さらには、担いでいる米俵から、農家においては田の神様、商家にとっては商売繁盛の神様として崇められていったとされています。

 ところで大黒様と恵比寿様は、各々七福神の一柱ではありますが、多くは一組で信仰されることが多いとされています。これは、大黒様が五穀豊穣の農業の神であり、恵比寿様が大漁追福の漁業の神であることに起因すると考えられています。二人あわせて招福、商売繁盛(農産物、水産物)の神様という分けです。
 - ここ求聞寺に祀られている大黒天は、そんな神様であることを象徴するように、右手には打出小槌を持ち(大黒様)、左手には魚を持って(恵比寿様)いました。

◇本堂と大黒天

 
本堂②
本堂③
奉納絵馬
大黒天①
大黒天②


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※記事の中の○○○○は、以前の記事や画像へのリンクです。また、□(青い枠)で囲まれた画像は、クリックで拡大します。
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 しばらく記事を更新しないままに八月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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