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  ーおじさんのバーチャル旅行記!ー                      

 
Category: ふるさと【東北・青森】 > 青森市   Tags: つがるみち  

城跡に立つ寺「照法寺1」-つがるみち179

 前回の金峰神社の記事でも少しふれましたが、青森市新城は、かつて城郭があった場所です。
 城郭は、JR津軽新城駅の手前の丘陵地帯にあったとされていますが、【高台に本郭(くるわ)、その南側に二ノ郭、そして本郭の西に三ノ郭があったとされる。城は丘陵の突端にあったので、北と東に青森湾方面が開け、南は山地に接し、西は鶴ヶ坂(津軽坂)の難険を擁していた。地元ではこの地を新城城跡と呼んでいる。※真言宗津軽仏教会「津軽弘法大師霊場」より】といわれています。
 その新城城の跡に立っているお寺が照法寺(しょうほうじ)です。

入口


 照法寺の山号は「元城山(げんじょうざん)」。かつてあった城郭に因んだものなのでしょうか。
 本尊は聖観世音菩薩。醍醐天皇の生母胤子菩提寺の京都勧修寺を本山とする真言宗山階派の寺院で、津軽弘法大師霊場の15番札所になっています。
 道路際の入口には、小さな観音石像と「元城山照法寺」の碑が立っていますが、そこから見ると確かに境内一帯は小高い丘になっていて、いかにも城跡を思わせる眺めです。

 参道の入口には案内板とともに「新城城址」の標柱が立てられていました。そこからは曲がりくねった登り道が続きますが、道の両端には、たくさんのあじさいの花が咲いていて、とてもきれいでした。後で、住職さんに「見事なあじさいですね。」と聞いたら、にっこりと笑って、「檀家や地元の皆様のおかげです。 - 和尚さん、持ってきたや・・ - と言って、花の種や苗を持ってきて植えてくださるんです。ありがたいことです。」とおっしゃいました。
 そのあじさいの花や草木の間には、地蔵堂や観音像
観音像
が置かれています。境内に近いところには、石灯籠や「観音山照法寺」の石柱も建てられていました。

◇境内まで

 
新城城址
城址と案内板
地蔵堂
石仏
城山観音照法寺


境内


 道を登りつめると、本堂や地蔵堂などが立ち並ぶ広い境内。東屋などもあり、そこから下を眺めて見ると、ここが城跡であることがよく分かります。
 このお寺の御詠歌は『越えて来し 津軽坂なる 峠みち 眺め遙けし 元城の山』という歌ですが、確かにここは、かつては要害の地だったのでしょう。

 本堂の玄関には「佛心」と書かれた大きな衝立が置かれていました。中央の祭壇の両側には、十二支の守り本尊(一代様)が祀られています。津軽の一代様は、生まれ年にしたがって参詣する寺社も違いますが、一代様をまとめて安置しているお寺は、平川市の神宮寺と、ここ照法寺だけのようです。

 気さくで話好きの住職さんだったので、昔の新城城のことなどを訪ねてみたのですが、詳しいことはよく分かっていないとしながらも、「戦国時代の前からお城はあったみたいだ。油川の殿様は、為信に攻められて、すぐ逃げたけど、ここは、それからも残っていたようだ。」と話してくれました。

 前回お伝えした金峰神社の縁起には、【文治年中(1185年~1189年)、新城源治郎館主の氏神として(金峰神社は)勧請された。新城城は慶長年中(1596年~1611年)新城大学頭の時代に落城した。】とあるところをみると、少なくともこの新城城は、12世紀中頃から江戸初期までは存続していたようです。

 前述_線の「油川の殿様は、すぐ逃げた」というのは、ここ新城から少し離れたところに、かつて油川城
油川城
という城がありましたが、この城もまた築城の時期は定かではないものの、大浦(津軽)為信が、統一を進めていた頃の城主は奥瀬善九郎とされ、南部氏の家臣として津軽の要所を支配していたといわれています。
 ところが、【天正13年(1585)3月、為信に攻め立てられた。このとき、為信は城近くの山上で多数の篝火をたかせ、大軍の襲来と見せかける謀計を用いた。これを見た奥瀬善九郎は元来臆病であったので、わずかの者と軍資金を持ち、田名部(下北)へと逃亡した。これにより為信は一兵も損せず、油川城を攻略した。※HP「戦国期の東北」を参照しました】という分けです。

 さて、住職さんはこの城跡に寺が築かれたいきさつを次のように話してくれました。
「先代は、元々は小柳(青森市)の寺の住職だったが、その後、中里の寺に移り住職をしていた。近くにお寺を建てようと思い、適当な場所を探していたら、ある日、夢をみた。それは、ー 雪の中をさまよう住職の前に女性が現れ、ここに寺を建てよ、と小高い丘を指し示した。 - という夢だった。」
「先代は、いてもたってもいられず、中里から五所川原、そして川部(田舎館村)と汽車を乗り継ぎ、新城の辺りまでやって来たとき、急に胸がどきどきして、外を見たら、何と、夢に出てきた高台があった。」

 それから、高台に登り、ここに開山しようと決心したという分けです。
 このお寺のもうひとつの御詠歌 
 - 『世を照らし 法を広めん この山に 眺めはるかな 津軽海原』

◇本堂

 
 
境内から
本堂①
本堂②
一代様①
一代様②


                            ー 次回へ続きます。

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 しばらく記事を更新しないままに八月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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