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Category: ふるさと【東北・青森】 > つがる市   Tags: つがるみち  津軽の七福神  

津軽の七福神7「弘法寺」-つがるみち188

「西の高野山 弘法寺」を訪ねるのも2回目です。
 このお寺については、【開創などは、一時期洪水などの天災で寺が消失したらしく、記録が残されていないため不明である。唯一現存する七代目住職の位はいが、貞和4年(1348)7月6日の年号があることから、かなりの歴史があったものと思われる。現在の弘法寺は明治に入ってから再興されている。本尊は弘法大師で高野山真言宗に属し、無檀家の信者寺で、先祖の廻向、および車などの祈とうに訪れる信者が多く、特に「黄泉の祝言」-独身で亡くなった人に伴侶(はんりょ)をおくる供養の行われる寺として知られ、人形堂には県内外より奉安された約千体余の花嫁、花婿の人形が安置されている。境内に建つ修行大師の石像は信者たちの力で大正7年に建立されており、県内最古のもの。また平成2年7月には、弘法大師が四国行脚の途中、橋の下に仮の宿を求めた姿を再現した「御寝み大師」が建立され人々の信仰を集めている。※HP真言宗津軽仏教会「津軽弘法大師霊場」】と紹介されていますが、ここは、福禄寿を奉安する「津軽七福神霊場」のひとつでもあります。

後生車と石仏


 弘法大師の霊場ということもあり、境内には県内最古の修行大師像や寝姿の像などがあり、以前に訪ねた時は、それらを中心に見て回ったものでした。
 お寺の裏側が高台になっていて、頂上には伏見稲荷神社がありますが、そこへたどり着くまでの道筋には、たくさんの石仏などが立っています。

 今回、あらためてその山頂まで歩いてみました。
 賽の河原を思わせる後生車と石仏、馬頭観音碑、牛頭天王碑など、古ぼけた石碑や石像は、ゆっくり見ていくと、とても趣があります。
 参道には、西国三十三観音像が立っていますが、最後の観音様から上は稲荷神社への登り道。登りきったところに社殿があります。今回は、その中を覗いてみたのですが、中には狐にまたがった稲荷様が2体。この高台から、五穀豊穣を祈り、眼下に広がる津軽平野の「実り」を見守っているようです。
 実は、この社殿の裏に展望台の跡
展望台の跡
らしきものがあり、梯子も渡されていたようです。かつてはこの展望台から、津軽平野はもちろん、日本海、十三湖なども遠望できたのでしょうか。

◇稲荷神社への道

 
石仏
牛頭天王
三十三観音
稲荷神社①
稲荷神社②


地蔵堂①


 山頂から再び境内へ。以前、見逃したお堂があります。入口付近には無造作に置かれた野球ボール。
「ひょっとして・・・」と思い、中へ入って見ると、そこには、十字前掛けをしたり、きれいな衣装を着せられた幼子のお地蔵様
幼子のお地蔵様
がたくさん納められていました。中央の大きなお地蔵様の周りに子地蔵が並んでいる姿は、津軽の寺社ではおなじみの光景です。

 前に訪ねたときにも感じたのですが、この弘法寺の山門は、とても風格があります。その山門をくぐり、木々の間を進んで行くと本堂。マスコットの「こうやくん」が出迎えてくれます。
 祭壇の横の廊下側にも、「御休み姿の弘法大師」の他、いくつか神仏が祀られていますが、その一角に福禄寿が奉安されていました。

◇地蔵堂、山門、本堂

 
地蔵堂②
山門
本堂①
本堂②
福禄寿堂


福禄寿


 さて、「七福神」は、一般的に、「恵比寿、大黒天、毘沙門天、弁才天、布袋尊、福禄寿、寿老人」の七柱を指しますが、それが定着したのは、七福神信仰が盛んとなった近世中期以降であるとされています。それまでは、例えば吉祥天が弁才天と同一視され、代わりにメンバーに入ったりするなど、時代や地方によって異動があったようです。
 福禄寿もその一人で、「背が低く、長い頭に長い髭、巻物を結んだ杖を持つ」その姿は、寿老人とあまりにも酷似しているために、同一神とされていた時期もあったといわれています。

 福禄寿は、中国の道教が起源の長寿の福神ですが、日本に伝えられてから、神道や仏教と結びつけて考えられたということもないため、「道士」「仙人」といったイメージが、ほとんどそのまま生かされている神であるとされています。
「福禄寿」という名前は、「福=幸福」「禄=富貴」「寿=長寿」を表すとされ、前述のように、その姿は「短躯(短身)で頭長の体つき。美髭を蓄え、左手には如意宝珠、右手の杖頭に経巻を結び、長寿の印の白鶴を伴っている。」という福神です。この「短躯・頭長」は、いわゆる「畸形」にあたる姿なのですが、昔の中国や日本では、そのような畸形の人が「異能の神」「福の神」として大事にされてきたとのことです。

 我が国の「福助」も、大きな頭とちょんまげが特徴の幸福を招く縁起人形ですが、【一説に、享和2年8月に長寿で死去した摂津国西成郡安部里の佐太郎がモデルである。もともと身長2尺足らずの大頭の者であったが、近所の笑いものになることをうれい、他行をこころざし東海道を下る途中、小田原で香具師にさそわれ、生活の途を得て、鎌倉雪の下で見せ物にでたところ、評判がよく、江戸両国の見せ物にだされた。江戸でも大評判で、不具助をもじった福助の名前を佐太郎に命じたところ、名前が福々しくて縁起がよいと見物は盛況であった。※wikipediaより】といわれています。

 - そのような伝承にあやかったものでしょうか、ここ弘法寺の福禄寿は、左右に大黒天と恵比須天、そして前に福助を伴い、中央に祀られていました。

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 記事を更新しないままに10月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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