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Category: ふるさと【東北・青森】 > 黒石市   Tags: つがるみち  

花山院忠長の足跡2「板留少名彦神社」-つがるみち190

 黒石市から十和田湖へと続く国道と並行して浅瀬石川が流れていますが、上流の浅瀬石川ダム(虹の湖)付近の清流に沿って、「温湯」「落合」「板留」という温泉街が広がっています。
 一帯は黒石温泉郷
黒石温泉郷
と名づけられ、古くからの湯治場として発展してきた分けですが、最近では「津軽こけし館」や「津軽伝承工芸館」などの文化施設を訪れる家族連れや観光客で賑わっています。

温泉郷


 この温泉街に「落合大橋」という橋が架かっていますが、その下の河川敷に「浅瀬石川アートの道」という遊歩道が造られています。
 河道には、所々に碑が立てられていますが、それは地元の伝説や地名の由来などを絵と文で記したもので、「民話モニュメント」と呼ばれているものです。自然豊かなふるさとの川の保全と、地元の伝説を次世代に伝えようという願いのもとに考案されたものですが、
【黒石の八郎伝説:むかし、黒石の山形村に生まれた八郎が友達と山へ芝刈に出かけ、川でとった岩魚を一人でこっそり食べてしまったら、急に喉が渇き、川の水を飲んでも飲んでも止まらなくなってしまったとさ。その内、八郎の体には鱗が生え、やがて龍となっていく。そして十和田湖、十三潟へと住みかを求めて歩くが、最後に遠く秋田の八郎潟の主になった話。】などが大人にも子どもにも分かりやすく紹介されています。

 このモニュメントの中に、花山院忠長(かざんいん ただなが)にまつわる伝承がいくつかあります。
 花山院忠長は、後陽成天皇の女官と密通した罪により、天皇の逆鱗にふれ、北海道松前に配流された公達ですが、松前の後、津軽に配流されたのは慶長19年(1614年)頃のことといわれています。
 温湯温泉の名前の由来は、忠長が湯浴みをした際、「この湯は少し温いな・・」と言ったことから名づけられた・・という話など、黒石には忠長の伝承が数多く残っていますが、モニュメントの中には、こんな話もありました。
【二庄内(にしょうない)由来:むかし、花山院様が牛に乗って山に遊んだ。その帰り、途中の村でみんなの疲れを癒すことになり、酒を振る舞うことにした。一行の人数から二升が要ると命じたが、小さな村だったので集めることができず、以後、その村を「二升無い村」と呼ぶように伝えた。そして今の二庄内の名になったという。】

◇浅瀬石川アート

 
 
浅瀬石川アート碑
民話モニュメント①
民話モニュメント②
民話モニュメント③
民話モニュメント④



板留の由来


一の鳥居


 温湯や落合と並ぶ温泉街である「板留(いたどめ)」の由来も忠長。
【むかし、花山院様が浅瀬石川の上流で川狩をした折、村人たちが川端にある出湯に名前をつけてもらうことにしました。しかし、川の水が入り込んで入浴できなかったので、村中の板を集めさせ、川止めをしてから入ったそうだ。それで、板で留めて入った湯だから「板留の湯」と名づけてくれたそうです。】

 この伝承は温泉街の小高い丘の上に鎮座している「少名彦神社」の由緒にもなっているようで、【寛永元年(一六二四)八月中旬、花山院忠長卿が鶴泉へ御温湯治なされる折り、天気も宜しいので川狩りをなされては如何かと申し上げたところ、『温泉があると聞く、入ってみたい』と仰せられた。そこで、『川上に家が三軒あり、川原の湯の出る処と水が入り交わる処に板三枚を立て、湯が入るようにしては如何でしょうか』と申し上げた。湯加減も良く小瘡に殊の他効き、眼にも大変良い。そこで、忠長卿は此処を「板留」と名付けられた。その後、湯の効能に感じ、御使者を遣わされ薬師の神を建立致すべき旨仰せつけられ小堂建立となった。元禄元年(一六八八)四月八日堂宇村中にて再建、更に宝永元年(一七〇四)九月中にて再建す。享保十四年(一七二九)七月堂宇修理、文化十三年(一八一六)三月、大国主命を薬師堂内に勧請するも明治四年神社御改正に付き、同六年五月八日中野神社へ合祭する。同八年三月復社願いの上村社に列格となる。※青森県神社庁HPより】と紹介されています。
 御祭神は、医薬・温泉・禁厭・穀物・知識・酒造などを司る「少彦名(スクナビコナ)」。温泉地にふさわしい神様です。

 温泉宿の裏側が参道になっていて、小高い山へと続いていますが、その途中には湯煙
湯煙
が立ち上っています。後で分かったのですが、この神社のある場所が源泉のようです。
 そういうこともあり、この社は「板留温泉の発祥地」として、地元の人々の信仰を集めているのでしょう。小さいながらも拝殿、本殿ともに、なかなか趣のある造りです。

 境内の一角には大きなイチョウの木
境内のイチョウの木
がありました。端っこの今にも崩れそうな所に生えています。その根元には、多くの石がつまれ、倒れないように補強されています。これもまた、地域の人々の努力なのでしょう。
 - このイチョウの葉っぱがすべて落ちる頃には根雪になる・・・そんな言い伝えがあるようです。

◇少名彦神社

 
参道
境内
拝殿
本殿
御神木


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こんにちは。 
いつもお世話になっております。
そして遅ればせながら、拙宅をリンクしていただいてありがとうございます。つい先ほどこちらにお邪魔した際に気づきまして、僭越ながら相互リンクさせていただきました。何か不都合等ございましたら、お手数ですが一言お知らせくださるとありがたいです。
それでは、またお伺いさせていただきますね。

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 記事を更新しないままに10月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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