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  ーおじさんのバーチャル旅行記!ー                      

 
Category: ふるさと【東北・青森】 > 五所川原市   Tags: つがるみち  

霊山の麓に「洗磯崎神社」-つがるみち195

 国道339号線を小泊に向かう途中に「脇元」という村があります。海岸線がとても美しい漁村ですが、道路沿いに、見事な紡錘形の山が見えます。地元では霊山として崇められている「靄山(もややま)」です。
 「モヤ」はアイヌ語で「小さい」を意味するといわれ、「モヤ」と名のつく山は、北海道や青森県、秋田県に多くありますが、いずれも整った三角形の形をしており、昔から人々に神聖視され、信仰の対象になっていたようです。

 ここ脇元の靄山は標高150m位の山ですが、数々の伝説が伝わる山です。
 青森県には、八甲田山をはじめ黒石市の黒森山など、岩木山と「背比べ」をした山の昔話がありますが、この靄山もまた、そのひとつです。
 岩木山との関わりはとても深く、【昔、安住の地を捜して旅をしていた安寿と厨子王が、この地に立ち寄ったときに、厨子王が獅子舞のとりこになり、姉の安寿と離ればなれになってしまった。姉の安寿はあきらめて遠い津軽の岩木山におさまることになったが、弟の厨子王は形が似ている脇元の靄山におさまることになった。】という伝説もあります。姉の安寿は岩木山に、弟の厨子王は靄山に鎮座したという分けです。
 頂上には「岩木山神社(脇元岩木山神社)」も建っており、岩木山で盛大にお山参詣行事が行われている頃、同じくここ靄山でも「さいぎ、さいぎ」の声と登山囃子の演奏が響き渡ります。今回は頂上までは登ってみませんでしたが、晴れた日には、真正面に岩木山が見え、すばらしい景色が眺められるとのことです。
 また、この靄山は、昔、安東氏が築いた「人工の山=ピラミッド」であるという話もありますが、ロマンをかき立てる神秘の山といえそうです。

◇靄山

 
靄山①
靄山②
靄山③
靄山④
靄山⑤



一の鳥居


 その霊山・靄山の麓、脇元漁港の近くに洗磯崎神社が鎮座しています。境内は小高い丘になっていて、ここから見る靄山は三角形ではなく、鍋を伏せたような形をしています。
 洗磯崎神社については、【御祭神は大己貴命と少彦名命で、安倍・安東氏の祖神を祀った神社であるといわれている。 文永11年 (1274) 天台宗僧賢坊により薬師堂が建立され、 それ以来薬師信仰が盛んになり、 旧暦の4月8日には薬師祭が行われ白旗立てた参詣者が近隣から集まり賑わいをみせたという。
 また、 一説には天和3年 (1683) 村中建立とも伝えられる。 何れにせよ明治以前は、 薬師堂または薬師宮と称され、 明治6年4月神仏分離令により洗磯崎神社と改め、 村社に列せられる。 ※青森県神社庁HPより】と紹介されています。

 安倍・安東氏の祖神とは「荒吐神(アラハバキ)」のことだとされていますが、【アラハバキ(荒覇吐、荒吐、荒脛巾)は、日本の民間信仰の神の1柱である。その起源は不明な点が多く、歴史的経緯や信憑性については諸説ある。東日流外三郡誌で遮光器土偶の絵が示されており、それに影響を受けたフィクションなども見られるなど、古史古伝・偽史的な主張と結びつけられることも多い。アラハバキを祀る神社は約150で、全国に見られる。東北以外では客人神(門客神)としてまつられている例が多く見られる。※wikipediaより】という謎の多い神です。
 「縄文神の一種」であるとか、「蝦夷の神」であるともいわれていますが、「蝦夷の末裔」を自負する安東氏の守護神ともいえる神だったのでしょう。

 道路際にある一の鳥居をくぐるとそこは境内。右側に回り込んだところに二の鳥居、三の鳥居、そして拝殿が建っています。
 あいにく、拝殿の扉は閉まっていましたが、境内に一軒の民家があったので、宮司さんのお宅ではないかと思い、訪ねてみたところ、おばあさんが出てきて快く鍵を開けてくれました。窓から日差しが入り込み、とても明るい感じのする拝殿でした。
 この拝殿の隣にひとつの末社が建っています。中を覗いて見ると、中央の大きな石の左右にいくつかの石が祀られていました。石を御神体とする社のようです。中央の大石は靄山の姿(神社側から見た丸い靄山)を表しているのだとか。。。

 境内には、まるで龍が横たわっているような大きな老松がありますが、その後ろに、これまた整った三角形の山が見えます。おばあさんに聞いてみたところ、この山は「不動山」だということでした。頂上には不動明王が祀られているとのことです。「登れますか?」と聞いたら、「あー、登れる。わらはど(子どもたち)だば、すぐ登る。入口に鳥居が立ってる。」という話だったので、行ってみると赤と白の鳥居があり、「軻遇突智(カグツチ)神社」とありました。火の神・火之迦具土神を祀っているようです。ここもまた霊山なのでしょう。

 この不動山について、おばあさんは、こんな話をしてくれました。
 ー 「三月には、わらはどが白いのぼりをもって、この山さ登ったもんだ。あっちの山(靄山)に登る者と二つに分がれで、どっちが早く、多く、てっぺんにのぼりを立てるか、競争したんだ。」 -

 
 このおばあさんの話・・・正直、よく分からなかったのですが、後でHP「Web東奥ーあおもり110山」の靄山の記事を見ると、次のようなことが書かれていました。
【靄山にはかつて「3月25日」という行事があった。地元の方の話によると、旧3月25日、同地区の小学生までの子供たちが授業を午前中で終わり、親が準備してくれた重箱を持って靄山と北のお不動さまに登る。山頂で条幅に「天下太平 菅原運真公」と筆で書き、ササにつるしたものを山頂に立てた。下山の途中、各人がやぶの中に休憩場所を作り、そこでごちそうを食べた。】 
 - 二つの霊山に囲まれた、まさに、この地域ならではの行事だった分けです。

◇洗磯崎神社ほか 

 
 
二の鳥居
境内
狛犬
拝殿①
拝殿②


 
拝殿③
末社
御神体の大石
不動山
軻遇突智神社


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※記事の中の○○○○は、以前の記事や画像へのリンクです。また、□(青い枠)で囲まれた画像は、クリックで拡大します。
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 しばらく記事を更新しないままに八月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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