のんびりとじっくりと!

  ーおじさんのバーチャル旅行記!ー                      

 
Category: ふるさと【東北・青森】 > 平内町   Tags: つがるみち  

白鳥の社「雷電宮」-つがるみち210

白鳥飛来地
 夏泊半島の付け根、東の端にある入り江は浅所海岸と呼ばれています。付近を流れる小湊川の土砂が堆積し、三角州となり、500mほど沖まで遠浅になっているところから、その名(浅所)がつけられたといわれています。
 ここは、【古くから白鳥渡来地として知られ、毎年10月中旬頃シベリア方面より渡来し、3月下旬頃まで白鳥とのふれあいが楽しめます。また、渡橋から松島・小松島へと渡れ、景勝地としても賑わっております。海岸一帯(夏泊全体に亘り)は『小湊のハクチョウおよびその渡来地』として国の特別天然記念物にも指定されていてます。※平内町HP 】と紹介されているように、白鳥飛来地として有名な海岸ですが、ここに雷電宮という社が鎮座しています。

 一の鳥居をくぐると、手水舎のとなりにひとつの木製の歌碑が立っています。これは、菅江真澄の歌を記したものですが、菅江真澄は、天明八年(1788)と寛政七年(1795)にこの地を訪れ、紀行文『津軽の奥』には「・・この夜、雷電の祠に夜ごもりはせりけり、その、いほそくらの法螺ふく声いと高し。神明の社にぬさとりその林に入れば、さばかり広きみなとは、なから厚氷のゐたるに雪ふりかヽりたるうへを、氷渡すといひて、ふみしだき渡りぬ。大空の霞たるやうに月の朧なる長閑さ。 ー のどけしなみまへは春になるかのみたらし川はまだ氷るとも」と書いています。
 菅江真澄の歌碑は、拝殿前にも立てられていて、そこには「みつしほの浪のしらゆふあさな夕かけていく世になり神の宮」
拝殿前の歌碑
と記されていました。

 手水舎の向かい側に一本の大杉がありますが、樹齢約350年とも言われるこの大木は「降雷大杉」と名づけられています。
 ここ平内町の雷電宮は、「五穀豊穣・海上安全豊漁・雷難除去・諸願成就の神様」である別雷命(わけいかずちのみこと)を御祭神とする避雷信仰をもつ神社で、その力により、平内町の人々を雷の被害から守るとされていますが、2005年の11月に、この大杉に雷が落ち、その上部が燃えたようです。 - 被害を民家に及ぼさず、我が身に引き受けた「神木」といえるでしょうか。

 境内には、稲荷神社をはじめ、龍神宮など、いくつかの末社が建っていますが、稲荷神社と龍神宮の間に、大きな石造りの歌碑があります。これには大町桂月の歌「白鳥の羽音と共に千代までも御稜威絶えせぬいかずちの宮」が刻まれていますが、桂月は大正11年に夏泊半島を探訪していて、雷電宮を参拝した際に呼んだものとされています。

◇雷電宮境内

 
一の鳥居
手水舎
菅江真澄歌碑
降雷大杉
二の鳥居


 
末社①
末社②
稲荷神社
龍神宮
大町桂月歌碑


 さて、雷電宮の由緒については、【第五十代桓武天皇の御代、 延暦二十年坂上田村麻呂将軍創祀と伝えられる。往古蝦夷政策が進められた中に、 征夷大将軍坂上田村麻呂公は東北経営にあたったが、 奥州の夷賊高丸・大た基も・盤いわ具ぐ等(※蝦夷の首魁たち)が謀反し、 妖術で官軍を苦しめたので、 将軍神仏の冥助によって平定しようと多くの社寺を建立された。 当社はその一社と云われる。初め南部の某地に建立されたと伝えられるが、 何時の頃にか東岳に祀られる。 後東岳の社寺離散した時、 荒田 (今の平内町盛田) に再建。文禄二年、 洪水の為祠宇流されて現今の地に漂着。※青森県神社庁HP 】と紹介されています。

 古くから白鳥の飛来地であるこの辺り一帯には、白鳥を「神使」と崇める信仰が根強く残っていて、他村の猟師が白鳥に銃を向けたりすると、その前に立ちはだかったという話もありますが、次のような伝説が語りつがれています。
 「津軽藩と南部藩の境にあたるこの地は争乱が絶えなかった。戦国の頃、この地を治めていたのは七戸氏で、福館を居城とし、南部氏に仕えていたが、七戸修理の代になって津軽氏に帰順した。南部氏はその報復のため、大軍をもって攻め寄せた。七戸修理は迎え撃つ覚悟を決め、雷電宮へと戦勝祈願に向かった。 真剣な祈りを奉げ、いざ戦場へ向わんとした彼が目にしたのは、何処からか集まってきた数千羽の白鳥達だった。白鳥達は次々と境内に舞い降りたが、その羽音を聞いた南部勢は、津軽の援軍来ると勘違いして、戦わずして引き揚げた。」以来、白鳥は雷電宮の神の使いであるとされ、捕獲を禁じられたという話です。

 また、この小湊の白鳥には、源義経に関わる言い伝えも残されています。
「平泉から逃れた義経は、八戸滞在中、地元の豪族佐藤家の娘と深い仲になり、娘は鶴姫を産む。義経が既に北へ旅立った後の話である。歳月が流れて、成長した姫が恋に落ちる。相手は地元の阿部七郎という武士である。しかし、阿部家は頼朝に仕える身であり、義経の遺児との結婚など不可能。思い余った2人は、話にだけ聞く義経を慕って蝦夷地への逃避行を図ろうとする。そして夏泊まで来たとき、追っ手が迫った。2人は半島の絶壁で胸を刺し違えて、海に飛び込んだ。」
 ー 夏泊に咲く真っ赤な椿は二人の悲恋の(心中の)象徴。そして、浅所海岸に押し寄せるたくさんの白鳥は、薄幸の娘を慰めるために義経の霊魂が乗り移ったものとされている分けです。
 「椿山心中」と呼ばれるこの伝説は(伝説とはいえないかも知れませんが)、源義経=成吉思汗説を取り上げた、高木彬光氏の『成吉思汗の秘密』の中でも重要視されています。

 前回、お伝えした椿山の「椿山伝説」、そして、ここ雷電宮の白鳥伝説・・・夏泊は、ロマンあふれる半島です。

◇雷電宮拝殿・本殿

 
拝殿①
拝殿②
拝殿③
拝殿④
本殿


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※記事の中の○○○○は、以前の記事や画像へのリンクです。また、□(青い枠)で囲まれた画像は、クリックで拡大します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

                                               ☆つがるみち☆
関連記事

記事を読んでいただき、ありがとうございます。よろしかったら、応援をお願いします!

                 日本史 ブログランキングへ    にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ にほんブログ村    


Comment

Trackback
08-2017
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

«   »

カテゴリー

openclose

グループ別記事

よろしくお願いします!
⇩に参加しています。応援してくださると励みになります!
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村        

歴史 ブログランキングへ
Welcome
 しばらく記事を更新しないままに八月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
My Profile
Author:korekarada       ふるさと「東北・青森県」の史跡を巡り、感想などを綴っています。ときには、まだ見ぬ地方への憧れを「バーチャル旅行記」として、書いていきたいと思います。
My Friend
Thanks!
現在の閲覧者数:
My Contents
記事で紹介しているContentsをまとめています。ご覧ください!
コメント&トラックバック
Comments<>+-
Trackback <> + -
QRコード
QR