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Category: ふるさと【東北・青森】 > 弘前市   Tags: 津軽統一までのあゆみ  

となりのまちー弘前市「高照神社」その3

 高照神社訪問記の3回目です。今回は境内にある貴重な文化財などをご紹介して”まとめ”にしたいと思います。といっても、ほんのダイジェストですが。。。
 この高照神社の社殿は、江戸時代中期を代表する「準権現造り」で、あの名君とよばれた会津藩の祖保科正之

保科正之

 保科正之(ほしなまさゆき)ー慶長16年(1611年)~寛文12年(1673年)ー は、江戸時代初期の大名。会津松平家初代藩主。信濃高遠藩主、出羽山形藩主を経て、陸奥会津藩初代藩主となる。江戸幕府第3代将軍徳川家光の異母弟で、家光と4代将軍家綱を輔佐し、幕閣に重きをなした。                      ~wikipediaより~
を祀る土津神社(はにつじんじゃ)を模範として建てられています。土津神社の「土津」は保科正之が吉川神道の崇拝者であり、師の吉川惟足から、その奥義を授けられた際、「土津」の霊神号を送られたことに由来していますが、我が津軽信政も同様、吉川惟足から「高岡」の霊神号を授かっています。それで当初は「高岡霊社」と呼ばれたわけです。因みに、この高岡霊社から現在の高照神社という社名に落ち着くまでには、何回か紆余曲折があったみたいで、ガイドさんの説明によると、高照の「照」が、家康を祀る日光東照宮の「照」と同じなので、差し障りがあるのではないか。。。ということや、明治維新の際には「照」が天皇家の祖「天照大神」の「照」に通じるので不敬にあたるとされ、一時期、元の高岡を称したこともあったということです。いろいろあるものですね。そうやって藩をあげてこの神社を守り通してきたということでしょうか。
 さて、この高照神社の本殿、拝殿、随神門、信政公廟所等はいずれも重要文化財に指定されている見事な建物ですが、境内には、樹齢300年を超えるといわれる「シダレザクラ」や神木として植えられたと思われる「サワラ」、「ウラジロモミ(モミの木)」などの古木もあり、いずれも市の天然記念物に指定されています。
建物と天然記念物
 中でも私が一番惹きつけられたのは、拝殿の天井側に所狭しと並べられていた絵馬です。色彩の鮮やかさもさることながら、その数に圧倒されました。奈良時代には神馬(しんめー馬は神様の乗り物とされていたー)を奉納する習いがありましたが、馬は高価であったことや、神社側でも世話をするのが大変だったため、平安時代になると板に描いた馬の絵が奉納されるようになっていきました。ーそれが絵馬の始まりだといわれています。ガイドさんはそんな絵馬の由来とともに、興味深い話もしてくれました。絵馬にも”格式”があって、この拝殿の中にある額が五角形(家の形)のものは藩主及び親族が四角形のものはその他の家臣達がそれぞれ奉納したものだということでした。また、描かれた馬の色が天候(天気)への願いをあらわしているということで、白い馬は「晴れ」、黒い馬は「雨=雨乞い」を願った絵馬だということでした。ところが、中には茶色い馬や、体は白で、しっぽが黒、というものもあり、私とガイドさんは「じゃあ、この茶色いものは、白でも黒でも、晴れでも雨でもいいから、とにかく豊作になるような天気にしてくれ、天気のことはあなた(神様)にまかせますよ。よろしく。ということかな。。。」と言いながら二人で大笑いしました。なお、多くの絵馬の中でも、5代藩主津軽信寿が奉納したものは、とりわけ貴重なもので、狩野派の新井常寛の筆によるものとされています。
絵 馬
 境内を散策した後に宝物殿を訪ねました。建物自体はあまり大きくないのですが、ここには古美術資料や古文書、古地図・絵図などが、たくさん展示されています(ここは写真撮影が禁じられていました。ご紹介する画像は神社のパンフレットからとったものです)。信政着用の「黒小實勝色威甲冑」
黒小實勝色威甲冑
や弘前藩の「卍」の旗印などは、往時を偲ばせてくれます。また、弘前藩の山鹿流兵学師範、貴田稲城が奉納したとされる「三河国長篠合戦ノ図」
「三河国長篠合戦ノ図」
なども展示されています。この貴田氏の展示資料の中には、松本城や熊本城といった名城の城絵図もあり、あの「のぼうの城」で話題になった忍城の絵図も展示されていました。しかしながら、何といっても一番のお宝は、初代藩主為信豊臣秀吉から拝領したと伝えられる、「友成の太刀」
「友成の太刀」
だといわれます。ガイドさんの話によると、刀剣に少し錆が見られたということで、それがなければ国宝級のものだということでした。
 傑作だったのは、信政公の葬列を描いた絵でした。信政公は、宝永7年(1710年)の冬に亡くなりますが、そのとき、弘前城から高岡の地まで運ばれました。長い距離ではありましたが、粛々とした葬列だったそうです。しかしながら、家臣の中には不心得者もいて、寒さしのぎに「一杯引っかけて」参加した者もいたらしく、この葬列の絵の中には、毅然としてしっかり歩いている家臣に混じって、酩酊状態でふらふらしている者や、半分目を閉じている者、ほろ酔いで顔が赤くなっている者などが、しっかり描かれています。とてもユーモラスで笑ってしまいました。それにしても酒を飲んだ方も飲んだ方ですが、その様子をこうして描いた方もなかなか大したものですね。。。もちろん、酔っ払った家臣は後にきついお叱りを受けたとか。。

 最後になりますが、私を案内してくださったガイドさんは、まだお若い女性の方でした。私はてっきり、市役所とか教育委員会とかの職員だと思いましたが、ボランティアの方でした。高照神社の歴史や文化財を多くの方達に伝えたい、という思いで活動しているのだそうです。すばらしいですね。
                       ☆津軽統一までのあゆみ☆
高照神社絵馬スライド
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 しばらく記事を更新しないままに八月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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