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Category: ふるさと【東北・青森】 > 弘前市   Tags: 津軽三十三寺社巡り    

「久渡寺」ー津軽三十三寺社巡り1

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 津軽統一と弘前藩の成立に至る過程を追いかけてきましたが、今回からは、津軽一円の寺社を訪ね、ときどき寄り道しながら、感想などを綴っていきたいと思います。青森県には、津軽三十三霊場
津軽三十三霊場ー陸奥新報HPよりー
と呼ばれる札所がありますが、そこをゆっくり時間をかけて巡り、郷土の歴史にふれてみたいと思います。
 ところで、「三十三霊場」の「三十三」という数字は、どういう意味をもっているのでしょうか?三十三霊場、三十三回忌、三十三間堂、以前ご紹介した弘前市禅林街のお寺の数も「三十三」。。ずっと「何で三十三?」という疑問を持っていましたが、円覚寺(西津軽郡深浦町)のHPに分かりやすい説明がのっていました。以下はその抜粋です。~全国にある観音霊場は、一般には三十三観音霊場と言われます。なぜ三十三という数字が出てくるのかというと、観音経(妙法蓮華経観世音菩薩普門品)というお経に、観音さまは相手に応じて33種類の姿に変化して現れることが書かれているからです。しかし、三十三種類の観音さま(三十三観音)すべてを安置している霊場は全国どこにもなく、三十三カ所(秩父は三十四カ所)の観音さまをお参りするのです。そのため、正確には三十三ヶ所観音霊場と呼ぶのが正しいのです~※因みに三十三の観音様の名前はこうなっています。

三十三観音

1.龍頭 2.持經 3.圓光 4. 遊戯 5.白衣 6.蓮臥 7.瀧 見 8.施楽 9.魚籃 10.徳王 11.水月 12.一葉 13.青頸 14.威徳 15.延命 16.衆寶 17.岩戸 18.能靜 19.阿耨 20.阿麼提 21.葉衣 22.瑠璃 23.多羅 24.蛤蜊 25.六時 26.普悲 27.馬郎婦 28.合掌 29.一 如 30.不二 31.持蓮 32.灑水 33.楊柳
この津軽三十三観音霊場は、弘前藩3代藩主津軽信義が津軽統一の際の戦没者(武士・農民)を供養したことが始まりと言われています。信義公は、「暗君」だとか、「じょっぱり=がんこ」だとか、いろいろ言われてはいますが、そうとばかりはいえないようですね。。。いずれにしても、津軽における観音信仰は、3代藩主信義公から4代藩主信政公の時代にかけて盛んになったと思われます。
 さて、前置きが長くなってしまいましたが、今回は1番札所の久渡寺
久渡寺
を訪ねてきました。久渡寺(くどじ)は、山号を護国山と称する真言宗の寺院です。創建は延暦年間(782年~806年)、阿闍羅山(南津軽郡大鰐町)に建立されたのが始まりと伝えられています。その後、この地に移り、江戸時代には弘前藩主の祈願所として庇護されるなど、由緒あるお寺です。また、イタコの習俗や、オシラサマ講などの民間信仰が盛んなお寺で、円山応挙作と伝わる幽霊画があることでも有名です。因みにこの幽霊画、年1回の公開の日には必ず雨が降るとか・・・。
 弘前の市街地を抜け、5㎞ほど車を走らせ、久渡寺の入口に着きました。【※以下(①~⑯)をクリックしながらご覧ください。※】 こどもの森案内板参道入口石段石仏①石仏②聖観音堂①本堂聖観音堂②聖観音①聖観音②奥の院鶴亀延命堂観音石像国見台
国見台からの眺めビジターセンター
 入口に案内板()がありますが、この久渡寺周辺は弘前市「こどもの森」という、こども達の自然観察や野外活動の場として整備されており、久渡寺山(663m)への登山コースにもなっています。第1番札所の案内を見て()、長い長い石段()をひたすら登ります。その数227段、高校の部活や自衛隊の訓練にも使われているとか・・。辺りは、うっそうとした杉の大木が生い茂り、日差しを遮ってくれますので、思ったほど汗はかきませんでした。途中にはこんな石仏もあります(④、⑤)。厳めしいお顔をなさっていますが、”赤いよだれかけ?”がユーモラスですね。お地蔵様は、こどもの守り神だとされていますが、これもそうなのかな。石段を登り切った()左手に本堂があります()。ここには、観音様をはじめ、たくさんの仏像とともに、オシラサマも祀られています。
 いよいよ聖観音堂にたどり着きました。後ろには奥の院が見えます(⑧、⑪)。観音堂の左側には、聖観世音菩薩が、すっくと立っていました(⑨、⑩)。このお姿を拝みたくて登ってきたわけです。観音堂の右側には、鶴亀延命堂()という建物がありますが、お寺なのになぜか手前には真っ赤な鳥居があります。「寺なのに神社?」と不思議な気がしますが、前述の円覚寺HPの説明には、~観音様は人々を救う為に、あるときは高徳の僧になったり、武将になったり、父や母などに姿を変えて功徳を施したといわれますが、ときには、「神」にも身を変じ「権現」と呼ばれて神社にも祀られました。観音様は神様同然と思い神社扱いされた観音堂も少なくなかったのです。この様な歴史的背景により、津軽の霊場は未だに「神仏同化」を色濃く残している特殊な霊場となっております。~と書かれてありました。なるほど。。。という感じです。
 さて私は、たくさんの観音様の石像()を見ながら、国見台へ向かいました。ここからは弘前の街が一望できます(⑭、⑮)。ここは昔、津軽為信が、重臣とともに眼下に広がる平野を眺め、「ここを我がものにしよう。統一が成ったら、お前に半分つかわそう。」といい、津軽統一の決意を語った場所だといわれています。ところが、いざ自分の支配下に収めると、分け与えるのが口惜しくなったためか、その重臣を暗殺してしまいました。暗殺された人物の名は、森岡信元(もりおかのぶもと)といい、合戦では、たびたび為信の窮地を救った功臣でした。真偽はともかく、何とも悲惨な話ですね。。。私は、ここで少し休憩してから、石段を下りました。帰りには麓にある、「こどもの森ビジターセンター」()に立ち寄ってきました。こども向けの図鑑だとか、野外活動のパンフレットや資料などが展示されていました。「こどもの森」の活動は四季を通して行われているということです。

 私は弘前市内の高校に入りましたが、その高校の恒例行事に「久渡寺マラソン」というのがありました。校門から久渡寺入口まで片道5㎞、往復10㎞を走るのです。ふらふらになりながら、やっとの思いで完走したことを覚えています。今回、久渡寺を訪ねて、そんなことを思い出しました。

                        ☆津軽三十三寺社巡り☆
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 記事を更新しないままに10月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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