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Category: ふるさと【東北・青森】 > 十和田市   Tags: みちのくあれこれ  

「十和田神社」-みちのくあれこれ2


十和田湖


 十和田湖には御倉半島と中山半島という2つの島が突き出ていて、独特の湖の形をつくっていますが、あたかもその姿は、湖面に龍(蛇)が寝そべっているようです(御倉半島は頭、中山半島は尻尾)。
 青森県のパワースポットとして、その名が知られている十和田神社は、中山半島側の休屋に鎮座しています。

「十和田」は元来は「龍神が住む水のある場所」を意味し、十和田信仰は北東北に広く分布する水神信仰で、「十和田様」「十和田神社」「戸和田神社」など、各地に「とわだ」と名のつく社は数多くありますが、ここ休屋の十和田神社は、その信仰の象徴ともいえる神社です。

 境内へと至る道は2つありますが、そのひとつが御前ヶ浜から湖畔をたどる道です。ここには、「開運の小道」と名づけられた散策路が設けられていますが、そこには、溶岩の洞窟がいくつかあり、いずれも注連縄が張られ、「天の岩戸」をはじめ「日の神」「金の神」「山の神」「火の神」「風の神」が祀られています。
 カルデラ湖である十和田湖・・これらの洞窟は、太古の火山活動によって造られたものなのでしょう。この「開運の小道」を通り過ぎたところに、有名な高村光太郎作:乙女の像があり、そこから境内へと参道が延びています。

◇開運の小道から

 
御前が浜
開運の小道
天の岩戸・日の神
火の神・風の神
乙女の像


 もうひとつは、お土産屋さんやレストランなどが立ち並ぶ商店街から進む道ですが、ここに「一の宮」があり、祠が立っています。
 一の宮を過ぎると間もなく一の鳥居。参道には杉の大木が佇立していて、鬱蒼とした感じがします。こちらの参道脇にも、巨岩や奇岩が数多くあり、何となく神秘的な雰囲気が漂っています。

◇一の宮から

 
一の宮①
一の宮②
一の鳥居
参道
巨岩


手水舎


 十和田神社については、
【御祭神:日本武尊  大同二年 (八〇七) 坂上田村麿将軍東夷征討に際して、 一宇の堂を建立。 日本武尊を勧請して武運長久を祈願した。 夷賊を鎮定して後霊験高く、 旧南部藩時代には藩費を以て維持運営。 毎年代参拝礼の儀があり、 隆盛を極めた。 明治六年の変革に際して社領を没収され、 維持経営に困難した。 昭和十六年十月二十五日本殿改修、 幣殿、 拝殿、 社務所を新築。 ※青森県神社庁HP】とあります。

 坂上田村麻呂が東征のおり、湖が荒れて渡れず、祠を建てて祈願しイカダを組んで渡ったという伝説も残されており、【後、荒廃していたのを建武元年(1334)北畠顕家の奥州下向に際しこれに従って当地に来た甲州南部氏が、甲斐の国・白鳥の宮の御祭神・日本武尊の神霊を遷して再興し、藩費を以て維持運営。古くは熊野権現、青龍権現の名で知られていた。】とされています。

「神秘の湖」とも称される十和田湖には様々な伝説が語り伝えられています。中でも「昔、南祖坊(なんそのぼう)が十和田湖の主であった八郎太郎と争い、八郎太郎を秋田の八郎潟へと追いやった。」という話は最も有名なものですが、南祖坊については、この十和田神社の縁起でも次のように語られています。
【その昔熊野で修業をしていた「南祖坊」という修行僧が十和田湖にやってきました。南祖坊は熊野で権現様から「この草鞋を履いて諸国を修行し、草鞋が切れたところを住処とせよ」と鉄の草鞋を授かりました。そしてその草鞋が切れたところが十和田湖でした。ところが、その十和田湖には秋田のマタギであった八郎太郎が姿を変えた龍が住み着いていました。そして住処をめぐり八郎太郎と南祖坊の間で激しい戦いになりました。戦いは七日七晩にもおよび八郎太郎は八つ頭の龍と変じ、南祖坊は法華経を唱え経文を投げつけました。その結果、南祖坊が勝利し八郎太郎は八郎潟へと逃れることになります。そして勝利した南祖坊は十和田湖へ入寂し龍へと姿を変え「青龍大権現」として祀られることとなりました。】

 参道を通り、いくつかの鳥居をくぐる抜けると、やがて拝殿へと向かう石段が見えてきます。拝殿の奥には、500年前に建立されたといわれる本殿があり、そのそばには、熊野神社と稲荷神社が立っていました。この熊野神社には、南祖坊が履いたとされる鉄の草鞋が奉納されているとのことです。境内の杉の木にはたくさんの祈願絵馬が掲げられており、この神社に対する信仰の深さが感じられます。

 社殿から裏の山(崖)に向かって道が続いていますが、実はこの崖を登りきったところからは十和田湖で一番深いとされる「中湖」を望むことができます。そこからは、湖面に向かって鉄の梯子が渡されていて、それをつたって降りたところが「占場」。
「占場」案内板

 南祖坊が入水した場所とされ、
【吉凶を占う場として信仰を集めており、お金やお米を白紙にひねったものや、宮司が神前に供えて祈念をこらした「おより紙」を湖に投げ入れると、願いが叶うときには水底に引き込まれるように沈み、叶わないときんは重いものでも浮いたまま波にさらわれ沖へ流される。】といわれるところですが、現在は崖の頂きから占場へ下る梯子は通行禁止となっています。

◇十和田神社

 
拝殿①
拝殿②
本殿
熊野神社・稲荷神社
祈願絵馬


 十和田神社の「青龍大権現」とされる南祖坊に関する伝説は主に県南地方に多く残されていますが、一方、その戦いの相手であった八郎太郎(八郎)の話(草鞋を履いて旅に出た八郎がたどり着いた先は八郎潟であった)は、黒石市温湯大鰐町の大円寺など津軽地方にも残っており、その伝説の由来や分布など、興味深いものがあります。

※【】はHP「十和田湖国立公園協会」等を参考にしました。

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 記事を更新しないままに10月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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