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Category: ふるさと【東北・青森】 > 田舎館村   Tags: つがるみち  

境内でひと休み「豊受神社ほか」-つがるみち229


稲荷神社


 以前に訪れた田舎館村の愛宕神社の手前に諏訪堂という集落がありますが、ここは、かつて「諏訪堂館」という城郭(砦)があった所です。
 その規模は、本郭・北郭・南郭の3郭で構成され、現在の諏訪堂集落のほとんどを含んでいたとされています。
 本郭は、およそ東西250m、南北250mであったといわれていますが、現在、その本郭跡には稲荷神社が鎮座しています。

 諏訪堂館の建築年代や館主などは不明ですが、平川市の大光寺城の支城の役目を負った南部方の砦であったようです。 
 津軽統一を目指す大浦為信は、 天正13年(1585)5月に田舎館城を攻撃し、城主・千徳氏を滅ぼす分けですが、その戦いの際に、この諏訪堂館本郭に陣を構えたといわれています。

 稲荷神社の入口は道路沿いにあり、一の鳥居をくぐって少し歩くと右側に参道が続いています。「千本鳥居」とまではいきませんが、りんご畑のそばにいくつかの鳥居が並んで立っており、それをくぐり抜けると境内へたどりつきます。

 境内には、末社の他、郷土出身の力士の顕彰碑なども立てられています。かつての城跡を偲ばせる遺構は残ってはいませんが、社殿の後ろ側は一段低くなっており、当時の堀跡とされているようです。

 この稲荷神社の御祭神は倉稲魂命ですが、その由緒については、【天福元年 (一二三三) に建立。 明暦三年 (一六五七)、 二本柳孫右衛門が再建し、 諏訪堂の産土神社として崇敬す。 元禄年中 (一六八八~一七〇四) より、 田舎舘組田中部落も氏子となる。 明治四十二年八月二十七日、 村社に列せられ、 昭和二十一年六月二十六日、 神社本庁に所属し、 宗教法人令に依る稲荷神社となる。※青森県神社庁舎HP】とあり、古くから集落の信仰を集める産土社であったようです。

◇稲荷神社

 
一の鳥居
参道
境内
末社ほか
狐像・狛犬



一の鳥居


 諏訪堂を過ぎて、弘前方面へ進む途中に豊蒔という集落がありますが、ここに豊受神社があります。
「豊受」の名の通り、この神社の御祭神は豊受気命(豊受大神:トヨウケビメ)。
 豊受大神は豊受大神宮(伊勢神宮外宮)に祀られる名高い神様です。皇大神宮(内宮)に祀られる天照大御神のお告げにより、丹波の国から迎えられた神様とされていますが、御饌都神(みけつかみ)とも呼ばれ、天照大御神の食事をはじめ、神々にたてまつる食物を司ることから、広く衣食住・産業の守護神として崇められていることは、広く知られているところです。

 余談になりますが、邪馬台国の女王・卑弥呼は、倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)や神功皇后など、神話上の人物に比定されていますが、卑弥呼=天照大御神とする説も多く語られています。
 安本美典さんなどの著書によれば、卑弥呼の時代は、神話にあらわれる天照大御神の時代と重なりあうことや、両者ともに女性であること、「日の巫女」であることなどがその根拠とされています。
 有名な「天岩戸」の物語は、太陽神である天照大神が隠れたために世界が真っ暗になった(乱れた)という神話ですが、これは、邪馬台国の女王・卑弥呼が死んだ後、国が乱れたことをあらわしており、アマテラスの復活は、邪馬台国の新女王誕生を象徴しているものである・・・というなかなか興味深い説です。
 卑弥呼のあとを継いだ女王の名は宗女の「トヨ」。天照大御神=卑弥呼だとすれば、豊受大神はトヨか?・・などと空想はふくらみます。

 脇道にそれてしまいましたが、この田舎館の豊受神社のそばは墓地になっていて、そこには仏の石像
仏の石像
なども立っており、ひとつの霊地となっているようです。
 赤い神橋を渡ったところには、猿田彦や庚申塔と並んで末社が立っていました。その祠のひとつを覗いて見ると、中にはオシラ様が祀られていました。

 この豊受神社については、
【当村は昔大根子村極楽寺護摩堂本尊不動尊の氏子であった。 その極楽寺が田舎舘へ移った時、 豊蒔村の産土神として勢至菩薩を極楽寺住職大円坊が勧請したという。 それが当社の始まりであり、 往昔は仏体号の神社であった。 そして寛永三年 (一六二六) より豊蒔、 二ツ屋両村で堂宇を営繕して来たが、 「貞享検地水帳」 (貞享四年・一六八七) の記録には 「豊蒔村勢至観音堂一三間九間堂建有之」 とある。明治四年の神仏分離令の出された時には、 仏体を取除いて豊受神社と改称し、 豊宇気命を奉齋した。 氏子の話によると三重県伊勢市の豊受大神宮を勧請したものだという。 (田舎舘村誌より) ※青森県神社庁HP】と、豊受大神を祀るに至ったことが紹介されています。
 全国各地の巡礼地へお参りし、その御神体を地域に奉納・勧請することは、よくあることですが、この神社もそのような社のひとつだったようです。

◇豊受神社

 
参道
末社・庚申塔ほか
オシラ様
神馬・狛犬
拝殿


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 しばらく記事を更新しないままに八月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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