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Category: ふるさと【東北・青森】 > 田舎館村   Tags: つがるみち  

社号標が二つ「堂野前八幡宮」ーつがるみち245


堂野前八幡宮


 田舎館村に堂野前(どうのまえ)という集落がありますが、ここにこんな話が伝えられています。
【堂野前の墓地は、昔、グズ盛といわれた高さ三メートルほどの土盛りであった。ここを夜中に通ると、いつもグズグズものをいう声がする。そばへ行くとその声がやみ、立ち去るとまたグズグズいう。それでグズ盛とよんだ。明治になって新道開発のためここを発掘すると、朽ちた武具と、それを着ていたと思われる人骨が現れたという。※角川書店『青森の伝説』より
 何となく怪談じみた伝説ですが、その堂野前に八幡宮が鎮座しています。

一の鳥居


 堂野前は110号線沿いに開けた集落ですが、浅瀬石川の北岸にあたるこの地は、浅瀬石川の水運をいかした開発の拠点だったといわれています。
 八幡宮の境内は、道路に面した住宅地を少し入ったところにあり、その後ろ側には水田が広がっています。
「八幡宮」と書きましたが、実はこの神社は譽田別尊と保食神を合祀しており(八幡宮と保食神社)、地図によっては、「保食神社」と記載されていたりもします。そのためか、社頭には、「八幡宮」と「保食神社」という2つの社号標、そして「合祀記念碑」が立っていました。
 ⇒社号標と合祀記念碑
社号標と合祀記念碑


「八幡宮」という扁額が掲げられた鳥居には金属の注連縄が張られていて、そこから参道が延びています。境内にはいくつか石碑などもあると思うのですが、今は雪に埋もれていました。丸い石で造られた碑もありましたが、何を祀っているのやら。
 参道には神馬が2対(4体)、大事そうに祀られています。狛犬は3対(6体)。左右ともそれぞれ大・中・小の狛犬で、なかなか不敵な面構えです。小さいものは、雪に埋もれ、その顔だけが見えました。

◇八幡宮①

 
注連縄
神馬
石碑
狛犬①
狛犬②



 この八幡宮については、
【御祭神:譽田別尊  創立年月日は不詳なれど、 正保四年 (一六四七)、 堂野前村、 東光寺村、 前田屋敷村右三ケ村にて五穀成就、 村中繁栄の為、 願い主福士吉衛門、 神職市十郎が京都男山祇鳩峰岩清水八幡宮より勧請、 前田屋敷村の山谷四五衛門、 東光寺村孫右衛門、 堂野前村庄屋兵助等、 三ケ村を代表して産土神として再建、 破損等の節は右三ケ村にて修復されてきた。 御棟札四体あり。貞享三年十一月、 宝永七年九月、 寛保四年三月、 明和二年六月、大正二年、 幣帛供進社に指定される。 昭和二十四年九月三十日、 指令第一三一三号を以て国有境内地譲与される。※青森県神社庁HP 】とあります。

「堂野前・東光寺・前田屋敷」はいずれも隣り合った付近の村落なのですが、一帯の産土神として崇敬されてきた社のようです。
 どんな経緯があって保食神社と一緒になったのかは分かりませんが、拝殿には「保食神社 八幡宮」の扁額が架かり、拝殿の中にも二社の奉納額が掲げられていました。

◇八幡宮②

 
境内
拝殿①
拝殿②
拝殿③
本殿


 遠い昔の話ですが、郷土史に詳しい上司から「堂野前の神社は、昔、お市の方が逃げのび、隠れ住んだところだ。」と聞かされたことがありました。
「お市」というのは、田舎館城主・千徳政武の室だった人物です。天正13年(1585年)、津軽為信軍の攻撃に遭い、田舎館城は落城。政武も自刃して果てたわけですが、「共に自害を」と願ったお市は、政武に諭され、百姓姿に身をやつし、幼子とともに落城寸前の城を脱出します。 
 ⇒以前の記事へ。
 ー 浅井長政とお市の方(信長の妹)の運命を思わせる話ですが、この「津軽のお市」が逃げのびた先が、この堂野前の八幡宮だったというわけです。

 この伝承の真偽は分かりませんが、八幡宮一帯は、かつて「堂野前館」という城があった所です。堂野前館は、創建時期は不明ですが、鎌倉時代には大光寺左馬之助が、室町時代には牧野氏(※事績等は不明)が居館にした城とされていて、東西600m×南北160mの本郭と東西150m×50mの東郭があり、浅瀬石川から水を引き、堀としていたともいわれています。現在は、住宅と果樹園になっているため、当時の様子は分かりませんが、この八幡宮の境内は、何となく、こんもりとしていて、「館跡」といった感じもします。

 戦国時代には田舎館城を本城として、周辺には「諏訪堂館」や「垂柳館」などの支城がありましたが、伝承によるとお市は、垂柳に立ち寄り、幼子を預けたともいわれており、その後、堂野前館に隠れ住んだということも考えられる話です。

 お市は、それから17年後に行われた法要の席に現れ、為信の前で自害して果てるという、悲しい運命をたどるわけですが、冒頭の「グズ盛」の伝説といい、この八幡宮とお市の話といい、堂野前には田舎館城落城にまつわる悲話が残っているような気がします。(※グズ盛から発見された武人の人骨の時代は不明ですが)

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※記事の中の○○○○は、以前の記事や画像へのリンクです。また、□(青い枠)で囲まれた画像は、クリックで拡大します。
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 記事を更新しないままに10月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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