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Category: ふるさと【東北・青森】 > 五所川原市   Tags: つがるみち  水虎様  

川湊の守り神「胸肩神社」ーつがるみち251


岩木川と岩木山


 ー青森県五所川原市湊千鳥ー 
「湊」「千鳥」という文字から、何となく海辺を連想しますが、ここは岩木川とその支流沿いに開けた町です。 
 辺りは、藩政時代には「広田組(※津軽藩が設置した行政区画のひとつ)湊村」と呼ばれていた地域です。
 藤崎町から板柳町、鶴田町、そして五所川原市と、岩木川中流沿いに開けた集落は舟運が盛んで、多くの川湊が設けられた所でした。「湊千鳥」という地名も、そんなところからきているのでしょう。ここに胸肩神社が鎮座しています。 

 胸肩神社は、隣接する菊ヶ丘運動公園の一角にありますが、道路を挟んだ向かい側に、ひとつの堰が流れています。「湊堰」と名づけられたこの堰は、その開削年代は不詳ながらも、古くから辺り一帯の土地を潤してきたようです。
 そして、その後ろには黒塀に囲まれた古い住宅が建っていますが、この建物は「旧平山家住宅」です。

 旧平山家住宅については、
【平山家は古くからこの地に土着した豪農で正保2年(1645)に湊村が開村すると代々肝入役や庄屋など村の上役を歴任し、江戸時代後期には大庄屋となり、代官所の手代や堰奉行などを務め郷士として身分も認められ大きな影響力を持つようになりました。現在の建物は明和6年(1769)に再建されたもので木造平屋建て、寄棟、茅葺、正面左側を前に張り出しその部分の屋根は切妻とし、桁行17間(32.953m)、梁間6間(10.455m)、平面は整形四間取系で向って右端から7間分が土間で7頭分の厩、作業場として利用された「いなべ」、「にら」、「とろじ」が配され、中心部分は家族の一般生活が営まれる「だいどころ」、「じょうい」、「なんど」、「きたのざま」が配され、左側3間分が式台付の玄関や「おもてざしき」、「おくざしき」など身分の高い人物を迎える接客する場所が配されました。当時、農家住宅には表門を設ける事は禁止されていましたが「平山家文書」によると天保元年(1830)に10代弘前藩主津軽信順から藩への貢献が高い事ことで特別に許可を受け建てられ現在も大きな改変が行われていません。表門は寄棟、茅葺、桁行3.818m、梁間1.818mの長屋門形式で小規模ながら番所を備えた格式の高い造りになっています。※『青森県歴史・観光・見所』HP】と紹介されています。
 この住宅は「津軽地方の上層農民が生活した18世紀後半の規模をほぼ原形のまま伝えている」ことなどから、昭和53年(1978)に国の重要文化財に指定されていますが、今はシーズンオフということでしょうか、住宅の中を見ることはできませんでした。

 私は、運動公園の駐車場に車を駐めたのですが、ふと見ると、そこには小高い2つの山。除排雪で積み上げられた小山です。八甲田山のようにも、雪のピラミッドのようにも見えました。この駐車場からは、民俗資料館や胸肩神社の社殿も見えます。

◇湊堰、旧平山家住宅ほか

 
 
湊堰
旧平山家住宅
五所川原市歴史民俗資料館
除雪山
胸肩神社



一の鳥居


 穏やかな天候が続いているため、雪解けもだいぶ進んではいますが、境内にはまだまだ雪がたくさんありました。とちゅうでズボズボぬかりながら拝殿に向かって歩きましたが、靴の中は雪だらけ。。
 拝殿の木鼻や龍の彫り物などは赤銅色に塗られ、きらきらと光っていました。まるで金属のようです。

 さて、この胸肩神社の由緒については、
【御祭神:市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命  創建年代不詳。 『安政二年神社微細社司由緒調書上帳』 に 「広田組湊村 一、 弁天宮一宇 右者、 草創不詳候得共、 港村半田村両村尓而五穀成就村中安全之為建立仕候。 尤貞享年中 (一六八四~八八) 御調ニ水神登御座候えば、 社号ニ而弁天宮ニ御座候。」 とある。
 明治四年の 『藩内神社調』 には現社名胸肩神社の記載あるが改称年月日は不詳。 明治六年四月姥萢稲荷神社へ合祭の処、 明治八年二月復社。 明治九年十一月村社に列せられる。 昭和十一年十一月十川改修の為移転遷座。 平成元年十一月十川改修と道路整備によって現社地に移転遷座。 ※青森県神社庁HP】とあります。

「胸肩」という神社名の通り、御祭神は宗像三女神なわけですが、由緒にも「水神」とか「弁天宮」とあるように、古くから地域の「水神様」として崇められてきた社のようです。
 また、「十川改修の為の移転遷座」が、昭和と平成になってから行われているように、岩木川の支流である十川の治水工事はたびたび行われていたことがわかります。

◇境内と拝殿

 
参道
境内
狛犬
木鼻
龍の彫り物


 拝殿の脇には白い鳥居が立っており、その奥には庚申塚と2つの祠がありました。
 そのうちのひとつを覗いて見ると、そこには両手を合わせた河童のような姿をした木像。奥津軽の代表的な水神・水虎様です。舟運の安全と五穀豊穣、そして水難防止の願いをこめて祀られているのでしょう。

 水虎様は、岩木川流域の神社などに多く見られますが、その地域によって、「亀に乗った女神型」のものと、「河童のような姿」のものがあります。
 ここ胸肩神社の水虎様は、その発祥の地とされるつがる市木造の実相寺と同じように、「河童型」の神様でした。

◇水虎様ほか

 
拝殿
末社①
末社②
水虎様
本殿


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 しばらく記事を更新しないままに八月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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