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Category: ふるさと【東北・青森】 > 五所川原市   Tags: つがるみち  水虎様  

地名の由来「元町八幡宮」ーつがるみち253


一の鳥居


 五所川原市周辺の地域は、昔から岩木川の氾濫もあり、大部分は荒地であったといわれていますが、江戸時代になると津軽藩による新田開発が積極的に行われるようになりました。
 開発に伴い、岩木川の改修工事も進んだわけですが、当時は岩木川の屈曲のために「五ヶ所に川原があった」といわれています。
 
 ー この「五ヶ所の川原」が即ち「五所川原」という地名の由来であるという説があります。今回は、そんな五所川原市元町に鎮座する八幡宮を訪ねてみました。


常夜燈


 私が車を駐めたところは、どうやら裏口のようでしたが、その入口には馬繋石
馬繋石
がありました。昔はここで馬を降りて神社に詣でたものでしょうか。
 入口の右側に、ひとつの常夜燈が立っています。近づいて見ると、「牧水 山蘭 常夜燈」と書かれていました。「牧水」はあの若山牧水で、「山蘭」とは、五所川原市出身の歌人・和田山蘭のことです。

 若山牧水は、和田山蘭や同じく五所川原出身の加藤東籬と親しく交わり、大正5年3月と大正15年11月には、この町を訪れているとのことです。
 常夜燈の後方に石段があり、小高い丘の上には小さな東屋が設けられていますが、そのそばに牧水の歌碑が建立されています。
 ー 『橇の鈴戸の面に聞こゆ旅なれやつがるのくにの春のあけぼの』 ー
 ー 『ひっそりと馬乗り入るる津軽野の五所川原町は雪小止みせり』 ー
 二首ともに、冬の五所川原の情景が浮かんでくるような歌です。この歌に因んだものでしょうか、東屋には「橇の鈴」という額が掲げられていました。 

◇若山牧水歌碑、本殿、拝殿

 
橇の鈴
若山牧水歌碑
本殿
拝殿
拝殿から



境内


 拝殿や本殿を見た私は、あらためて表口の方に回ってみました。一の鳥居から続く参道はけっこう長く、桜の木が何本もありました。
 手水舎の後ろに3つの祠が建っていましたが、そのうちのひとつは、「亀に乗り、両手を合わせた女神」=水虎様でした。祠のすぐ後ろは川の土手。かつてはその氾濫に苦しめられ、水神・水虎様が祀られたのでしょう。

 拝殿の隣に、旧社殿と思われる建物があります。その前に小さな狛犬がありますが、風化が進み、もう少しで原型が分からなくなるような姿です。

◇水虎様ほか

 
末社
水虎様
旧社殿?
狛犬
拝殿



八幡宮由来


 さて、この元町八幡宮については、
【御祭神:譽田別尊  寛文元年 (一六六一) 勧請。 往古 (明暦か万治の頃との説あり)、 春の大水のとき、 五所川原村の崎に現在の中津軽郡相馬村五所鎮座五所神社の御霊代を奉安した御厨子納の祠が流れつき、 新宮の住人が拾い上げて私宅に奉齋した。 このときは五所から訪れた使者に返納するが、 その年の秋、 次の春と同じように流れつくこと三度。 これ神慮として五所の人々も納得し、 新宮の地に祀ることとなった。 新宮の地名もこのことに由来する。 その後、 実際に漂着した処こそ鎮座地に相応しいと改めて五所川原村に鎮祭されることとなった。※青森県神社庁HP 】とあります。

 上記下線に「相馬村から祠が流れつき」とありますが、流れてきたこの祠は長慶天皇を祀る「御所権現社」であったとされています。これについて、ここ八幡宮にある由緒書きには、
【ここの御神体はその昔中津軽郡五所の長慶天皇が崩御大葬されたという場所に祠られてあったが洪水にあい、ここ元町の岩木川原に流れ着いたものである。柳の大木にひっかかっているのを発見した新宮の人が拾いあげ宅地内に祠ったが、やがて五所村の人達が探しあててもらいうけて行った。ところが再三流れては不思議に同じ場所に着いたので、これは神様の思召しによるものだと五所村の人達も認め以来この地に祠ることにしたと伝えられている。その年代は明らかではないが、万治三年(1660年)の頃と考えられている。なお、五所川原の地名の由来はこのことによるとの一説がある。 】と書かれています。

 長慶天皇(1368~1383年)は、南北朝時代の第98代(南朝第3代)天皇ですが、青森県内に潜幸してきたという伝説が残されており、私も以前に青森市浪岡(旧浪岡町)や、その御陵墓参考地がある弘前市相馬(旧相馬村)を訪ねたことがあります。
 
 伝説では、崩御の地・相馬から三度に渡って祠が同じ場所に流されてきたとありますが、「五カ所の川原があった」とされるこの辺り一帯には、かつて、岩木川の氾濫に伴い、上流から様々な物が流され、岸にたどり着いたこともあったのでしょう。その中には、祠とか御神体とかもあったのかも知れません。
 そして、由緒書きに「五所川原の地名の由来はこのことによる」とあるように、長慶天皇の「御所が流れ着いた川原」であることから「御所河原」と呼ばれ、「五所川原」という地名になったという説も唱えられているわけです。

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