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Category: ふるさと【東北・青森】 > 中泊町   Tags: つがるみち  

中里の義経伝説2「五林神社」ーつがるみち260


五林地蔵堂


 深郷田の中里八幡宮を訪ね、薬師堂の龍神様を拝んだ後、国道339号線に出て、道路沿いの五林神社に行ってみました。
 縄文時代から平安時代にかけて整然と区画された大集落があったとされる中里城遺跡
中里城遺跡
は、旧中里町のシンボルですが、五林神社のある宮川地区は、遺跡の中心部から延びたゆるやかな尾根の先端部にあたります。
 かつては、この場所にも「五林館」という館が築かれていたとされています。

 この地域にも多くの地蔵堂があるようですが、神社から少し離れたところにもありました。集落の名前から「五林地蔵堂」と呼ばれているようです。その中には、大小のお地蔵様とともに、ひとつの石に何体も刻まれたお地蔵様もありました。

 339号線沿いに少し小高い丘があって、そこには鳥居が立っています。車を駐めて丘を上ってみると、そこには庚申塔と二十三夜塔がありました、いずれも塔の前に注連縄が張られたものです。天保3 年(1832)建立の庚申塔と明治18 年(1885)建立の二十三夜塔だということです。

◇五林地蔵堂、庚申塔、二十三夜塔

 
地蔵堂①
地蔵堂②
宮川石碑群
庚申塔
二十三夜塔



境内説明板


 さて、五林神社については、
【御祭神:大道寺力命、オリ女命  創立年月日不詳。 旧中里村誌によれば、 文治、 建久の頃頼朝公の追討軍に発覚された義経の家臣大導寺力は大導寺沢 (現に山沢名として残れり) に立籠り、 衆寡敵せず、 遂に討死せり、 五林村に住める身籠れる妻のオリ女は 「この地の産神とならん」 と伝い残して、 夫の跡を追いて自刃せりと、 村人はその哀しい運命に遭いる二人の神霊を祀りて五輪塔となすと伝へらる。 当部落は中里町六ケ村の母村と云われ 「五林」 と呼称されている。
 藩制時代には 「五林権現堂」 と称されていた。 因に安政二年の棟札に 「奉再興五林権現堂」。 一宇講中守祈攸。 別当金剛山最勝院現住家朝慶敬白。 「社司松橋遠江」 と記されている。 ※青森県神社庁HP】と紹介されています。


五林神社


 上記の縁起にもあるように、「平泉から逃れてきた源義経の従者であった大導寺力は、津軽三厩にて主人と別れ、中里部落に隠れ住んでいた。大導寺力は、部落の「オリ」という娘を娶っていたが、やがて鎌倉勢に発見され、奮戦の後、討ち死にした。妻のオリは身重であったが、夫の後を追って自刃した。」という伝説が残っています。

「大導寺伝説」と呼ばれるこの伝承は、義経北行伝説のひとつですが、地域には、「大導寺沢」「大導寺屋敷」などの地名も残っており、礎石のような石をはじめ、信楽の小壺などの遺物が発見されているということです。
 村人は、大導寺力と薄幸の娘「オリ」に同情し、夫妻を御祭神として五林神社を建立し、五輪塔と宝筐印塔を建てて供養したわけですが、「五林」という地名も「五輪」からつけられたともいわれているようです。

 この五輪塔と宝筐印塔は、五林神社の社宝になっているわけですが、境内にその説明板があります。それらによると、
「五輪塔は、高さ120㎝、幅46.5㎝、奥行き45㎝あり、磨滅してはいるが、地・水・火・風・空の各部が残り、梵字が刻まれている。これらの石塔が建てられた年代については、宝筐印塔の方が鎌倉時代から室町時代、五輪塔は室町時代前期までに造立されたとする見方がある。」とされているようです。
 なお、菅江真澄は『外浜奇勝』の中で、「五倫といふやかたあり、そこは寺のあともしられてたが五倫塔ならんありて、むかし栄えたるもの語ありとぞ」と記しているとのことです。

 私が訪ねたときには、残念ながら社殿は施錠されており、その中の五輪塔と宝筐印塔を拝むことはできませんでしたが、神社のすぐ近くの中泊町博物館にそのレプリカが展示されているということで、さっそく行ってみました。博物館には、主に縄文時代から昭和までの旧中里町の歴史を物語る資料が数多く展示されていましたが、その中に五輪塔がありました。

◇五林神社、五輪塔、宝筐印塔

 
境内
拝殿①
拝殿②
五輪塔
宝筐印塔


 旧中里町に残る義経伝説を訪ねてきましたが、中泊町HP『誰も知らない中里』には、次のように記されています。
【鎌倉時代初頭、衣川で敗死したはずの源義経が、実際は津軽地方まで逃げ、さらに北方へ落ちのびたとするいわゆる「義経伝説」は、青森県内各所に存在するが、中里町にもいくつかの伝承が残されている。 ひとつは、五林神社五輪塔にまつわる「大導寺伝説」である。
 一方宮野沢地区には、源頼朝を祭神とする白旗神社が存在する。・・・つまり中里においては、旧敵同士を祭る五林神社と白旗神社が、約2キロの距離を隔てて対峙していることになる。】

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 しばらく記事を更新しないままに八月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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