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Category: ふるさと【東北・青森】 > 青森市   Tags: つがるみち  

伝統の獅子踊「吉野田八幡宮」ーつがるみち276


一の鳥居


 青森市浪岡吉野田地区(旧浪岡町)は、名水・十和田霊泉への入口にあたる集落ですが、昔から獅子踊りが盛んな所です。
 青森県の無形民俗文化財に指定されている吉野田獅子(鹿)踊
吉野田獅子(鹿)踊
は、【踊り手は男獅子2、女獅子、笑可児からなり、演目は追い込み、橋かけ、山かけ、注連縄、山担ぎ、女獅子狂い、和楽、暇乞がある。胡蝶のように可憐に踊るのが特色であるといわれる。昔は神前で領内の社家等を招いて「神楽獅子」として3本の榊の枝を奉納し、旧正月2日、8月15日に踊ることが定例とされた。現在は獅子踊保存会が踊りの継承と普及活動を担い、吉野田地区にある十和田神社の大祭で踊りを奉納している。】と紹介されています。
 その由来については、【初代浪岡城主・北畠顕成が築城に際し、領地内の平和と五穀豊穣の祈願のため京都から踊り手を招いたのが始まり。】とされていますが、浪岡北畠氏の祖ともいわれる北畠顕信(北畠顕家の弟)は、獅子踊について、【東の方より男獅子に跨りて 南の方より女獅子に跨りて 西の方より神馬に跨りて 北の方より弁財天女 白く浄めし大蛇に跨りて 中央上下は大慈大悲の観世音・・※以下略】と謳っているとのことです。 
※【】はHP「あおもりの文化財」 「青森県音楽資料保存協会」等を参考にしました。

 ー そんな吉野田集落の中心部に八幡宮が鎮座しています。

 私がこの神社を訪れたのは4月の半ばでした。参道を歩いて行くと、正面に赤い二の鳥居、そして右側には別の白い鳥居が立っているのが見えます。これは馬頭観音堂の鳥居でした。
 観音堂の前には両脇に神馬像が置かれていますが、よく見ると右側は台座だけが残っており、神馬は見当たりません。お堂のそばに行って、その分けがわかりました。どうやら、この神馬像は壊れたようです。お堂の石段に大事そうに置かれていました。少し、痛々しい姿です。あれから約2ヶ月・・その後、どうなったでしょうか。お堂には、5基の馬頭観音碑が納められていました。

◇参道と馬頭観音堂

 
参道
馬頭観音堂①
神馬
馬頭観音堂②
境内



本殿①

本殿②


 吉野田八幡宮については、
【御祭神:譽田別尊  寛永年中 (一六二四~一六四四)、 松倉山の祠を当地に奉遷したと言われている。 貞享元年 (一六八四)、 村中で社殿を建立す。 安政四年 (一八五七) 九月十四日、 拝殿を新築して御神体を拝殿に祀る。 明治六年四月、 村社に列せられる。 明治二十一年、 神楽殿を新築す。 明治四十二年九月十日、 本殿を新築し、 拝殿を改造す。 明治四十四年九月十日、 神饌幣帛料供進の指定を受ける。 大正二年、 幣殿を新築す。 昭和二十四年三月十四日、 国有境内地を無償で譲与される。 昭和二十七年八月、 本殿、 幣殿、 拝殿を改築し現在に至る。 ※青森県神庁HP】と紹介されています。

 境内には、紫の衣をまとった神馬や大きな狛犬が拝殿の前に置かれています。りっぱな手水舎の隣には神馬厩舎が建てられていました。中には二体の馬の像。私が訪れたときには拝殿が開いていたので、その中を拝むことができました。本殿は小ぶりな建物ですが、その向背に彫られた龍や木鼻は見事なものでした。

◇拝殿ほか
 
 
狛犬と神馬
神馬
拝殿①
拝殿②
拝殿③


 ところで吉野田獅子踊の演目ですが、
1 「追い込み」・・・獅子が自分の安住の地を求めて、山奥に入る出発の場面。
2 「橋かけ」・・・獅子が川にさしかかり、橋を見つけ、危険を感じ、安全を確保す
          るため、男獅子が交互捜索する場面。
3 「山かけ」・・・ようやく川を渡って希望の山に入り、山中に潜む敵の捜索を入念
          に行う場面。
4 「しめ縄」・・・安住の地を見つけた獅子達が、しめ縄を張り、神を呼び、四方を
          祓い清める場面。
5 「山担ぎ」・・・四方を祓い清め、晴々しく、神とともに踊り戯れる場面。
6 「女獅子狂い」・・・踊り戯れる中、行方が分からなくなった女獅子をめぐって、
            男獅子が争う場面。
7 「和楽」・・・争いも終わり、共に働き楽しむ平和な安住の生活をおくる場面。
8 「暇乞い」・・・安住の地(踊り場)に暇を乞い、一別の挨拶をし、去る場面。
というように、「獅子たちが安住の地を求めて山中に分け入り、様々な困難を克服し、平和を得る」というストーリーになっています。踊りに先立って三本の榊の枝を立てる(奉納)のは、「三」を「山」に見立てているからだともいわれます。

 この獅子踊りの物語は、山岳修行とも通じるところもあり、北畠氏が踊りを伝えてから修験信仰の影響をうけ、発展していったと考えられています。一方、村人の間に広まった獅子踊りは、いろいろな農耕儀礼とも結びつき、豊作祈願・感謝の舞として定着していったと思われます。 ー 山中に入った獅子たちが、いろいろな艱難辛苦に耐え、喜びを分かち合う姿は、天災や土地や水をめぐる争いを克服しながら豊作を得ようとする村人達の姿であるといえるでしょうか。

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