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Category: ふるさと【東北・青森】 > 十和田市   Tags: みちのくあれこれ  名木めぐり  

法量神社ーみちのくあれこれ6


法量神社


「三本木原」とは、現在の十和田市を中心とする洪積台地を指しますが、一帯はかつて八甲田火山群の噴火による火山灰におおわれた荒れ地で、「木なんか三本と育たね」とされたことから、そう呼ばれました。
 この不毛の地の開拓を志し、水源となる人工河川の開削を中心となって進めたのは新渡戸傳 (にとべつとう ※新渡戸稲造の祖父)という人物で、安政2年(1855)に工事着手し、難工事の末に完成させた水路が現在の稲生川の基となりました。
「実り豊かになるように」と願いをこめて命名された稲生川は、旧十和田湖町から太平洋岸まで続く人口河川ですが、この水路の完成により、荒涼とした台地は広大な水田地帯へと変貌した分けです。

 十和田市の奥入瀬川沿いに位置する法量地区は、この稲生川の取水口がある町です。周辺からは縄文時代の土器などが発見されており、昔から大きな集落があったとされている所ですが、ここに法量神社が鎮座しています。

 その由緒については、
【御祭神:高おかみ神  宝永五年 (一七〇八) 六月創立。 明治六年奥瀬村新羅神社に合祀されるが、 明治八年二月復社した。 明治九年十二月六日無格社に列せられる。 昭和十一年九月十日村社に昇格。 昭和二十四年十一月三十日国有境内地の譲与許可を受ける。 ※青森県神社庁HP】とあります。

「高おかみ神」は日本の代表的な水神ですが、県南地方でこの水神を祀る代表的な神社は八戸市の「おがみ神社」です。この神社は義経北行伝説も残る八戸市内で最古と言われる神社ですが、集落の農業用水などを賄っていた「柏崎堤」の守護神として創建されたといわれています。
 この「おがみ神社」は正式には「法霊山おがみ神社」といい、「法霊神社」という通称で呼ばれています。その由来については、
【鎌倉時代に「法霊(ほうりょう)」という修験者が、熊野や京都の聖護院などで修行の後、東北地方から青森県内の様々な地域を説いてまわりながら八戸に戻った。・・・法霊が戻った時、八戸では日照り続きで作物の栽培に深刻な影響が出ていたため、農民たちは雨乞い祈祷に優れた法霊に依頼し恵みの雨を願ったが、寝食を忘れた命がけの祈祷の甲斐むなしく雨を降らせることができなかったという。それに心を痛めた法霊は池に自らの身を投げ、自身の命と引き換えに雨を降らせてほしいと願ったところ、とたんに法霊の御霊が龍に化身し天に登り、にわかに空に暗雲が立ち込めて恵の雨を降らせたと言い伝えられている。この御神徳に心から感謝した人々は御霊を法霊明神と崇め、法霊社という神社として祀った。】とされています。
 - この八戸市の「おがみ神社(法霊神社)」と、ここ十和田市の法量神社との詳しいつながりについては分かりませんが、【青森県内ならびに東北地方に点在する法霊(法領、法量など様々な表記がある)という地名は、八戸に至るまでの間に修験者の法霊が説いてまわった地域で、密接な関係がある。】といわれているようです。
※【】はwikipediaからの引用です。

 法量神社は、町を一望できる高台の上にあります。御祭神の「高おかみ神」は、稲生川開削の拠点となったこの地にふさわしい祭神といえるでしょうか。境内のそばには水力発電所もありました。地域の守り神として崇められてきたこの社の境内には、住吉大神の祠や二十三夜塔、八幡大神などの碑も立っていました。

◇法量神社

  
一の鳥居
境内から
拝殿
境内


  
二十三夜塔ほか
狛犬
木鼻
住吉大神



道案内碑


 法量の町は日本第4位ともいわれる巨大なイチョウがある所としても知られています。
 国道102号線沿いの法量の町の入口に説明板が立っていますが、道案内の石碑の図柄はイチョウ、ここの住所は十和田市法量字銀杏木・・・イチョウづくしです。
「法量のイチョウ」は、樹高がおよそ36m、幹回り14m、推定樹齢が1,100年ともいわれる巨木で、1926年(大正15年・昭和元年)には、国指定天然記念物となっています。
 説明板などによると、
「平安時代、ここに善正寺という寺が開かれた。イチョウはその建立記念に植えられたとする伝承がある。また、十和田湖の主・八郎太郎と闘って、これを倒した南祖坊が手植えしたする伝承もある。」とのことです。
 ⇒ 南祖坊の伝説

 案内にしたがって坂道を登って行くと、やがて暗い森が見えてきます。ここからは大イチョウは見えません。少し行くと、注連縄が張られた参道?
参道
がありました。そばには後生車も立っています。神社の中へ入って行くような感じです。
 道の終点にその伝説のイチョウがありました。根元には八大龍王大神
八大龍王大神
の祠があります。十和田湖で入寂し、龍神となったとされる南祖坊に因んだものなのでしょうか。

 大イチョウの木は太い幹から垂れるいくつもの気根の様子から、「乳もらいの木」「子安めのイチョウ」と呼ばれ、信仰を集めてきた分けですが、この法量のイチョウもまた、それにふさわしい大木です。高さ、太さ、枝葉の広がり具合など、神秘的な姿形をした巨木でした。

◇法量のイチョウ

  
法量のイチョウ
法量のイチョウ
法量のイチョウ
法量のイチョウ


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 しばらく記事を更新しないままに八月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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