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Category: ふるさと【東北・青森】 > 鰺ヶ沢町   Tags: 津軽三十三寺社巡り  

「北浮田弘誓閣」ー津軽三十三寺社巡り7

北浮田弘誓閣(きたうきたこうせいかく) ー 何とも響きの良い名前ですが、ここが7番札所です。日本海に面するこの地方一帯は、鎌倉時代から戦国の世にかけて安東(安藤)氏から南部氏、そして津軽氏へと、たびたび支配者が移り変わった所ですが、ここ北浮田のある鳴沢地区には「戸波(とわ)城址」が残されています。築城年代や城主などが分からず「幻の城」と言われていたのですが、最近の調査によれば、かなり大規模な城郭であったとされています。この城に甲斐の国から落ち延びてきた南部政光

南部政光

 南部 政光(なんぶ まさみつ、生年不詳 - 応永34年2月3日(1427年3月1日))は、根城南部氏第8代当主、南北朝時代から室町時代に活躍した武将。別名に四郎、茂行、祐長、薩摩入道がある。雅楽助、薩摩守。政光は南部信政の子とされているが、政光の別名とされる南部祐長は南部義行の子として、南部茂時・南部信長・南部為重らの弟とも、南部茂時の子ともされる人物。1372年(文中元年)に、兄の信光から家督を譲られる。信光には嫡子長経がいたが幼少だったためという。光は成人すると、母の加伊寿御前が南部政長から譲られた七戸の地を根拠地とした。この後、政光は甲斐に在住しているが、南北朝が統一されると1393年(明徳4年)に、再び八戸に根拠地を移している。また、晩年には甥の長経に八戸の地を譲って、自身は七戸に居を構えた。1427年(応永34年)2月3日に逝去。
~wikipediaより~
が入城し、家臣の浮田氏をここに住まわせました。この浮田氏がここの村落を拓いたため、「浮田」の集落名が生まれたとされています。しかし、先回の湯舟観音堂からわずかの距離、ここにも先回同様、「鉄」と「鬼」の伝説がありました。曰わく、~刀鍛冶の娘がほしかった大蛇(竜ともいわれます)は若者に化け、十腰(本)の刀をつくった。若者の正体を知った鍛冶は、1本を隠し、それを鳴沢川に捨てた。ところが、その太刀は川底から浮かび上がった。その場所を「浮太刀」という。~ この「浮太刀」が「浮田」という地名になったという分けです。どっちが本当?などと問うのは野暮というものでしょう。

 さて、観音堂は天和2年(1689年)に庄屋であった惣兵衛という人物が創建したといわれています。その後、寛永年間(1784年~)からは第7番札所として大いに賑わいました。それについて『津軽三十三霊場ー北方新社』は、次のように記しています。~「鯵ケ沢港が間近い鳴沢地区は、昔上方と蝦夷地を結ぶ津軽の門戸として、江戸時代には駅逓として栄えていた。そのころの札所巡りの善男善女も、山深い鯵ケ沢街道を抜け、鳴沢にたどり着くと明るい海を見つけ、ほっとひと息ついたろう。」~ このように民衆に親しまれた観音堂も、明治になるといったん廃社になり、高倉神社となりました。地元住民の厚い願いにより、高倉神社内にお堂が再建されたのは昭和41年(1966年)のことでした。弘前市の久渡寺から、聖観音菩薩像を譲り受け、お堂は「弘誓閣」と名付けられたのです。

 七番札所案内板
案内板
にしたがって坂道を上ると高倉神社の鳥居
鳥居
が見えてきます。くぐった参道付近
参道
には、以前、小学校があったということです。子ども達が歓声を上げて元気に走り回っていた姿が目に浮かびます。拝殿
高倉神社拝殿
の隣に観音堂
観音堂
はありました。聖観音弘誓閣
北浮田弘誓閣
の文字が鮮やかです。
 この観音堂の前には大きなイチョウの木
イチョウの木
がありますが、かつては、この木のそばに清水がコンコンと湧き出ていました。この清水は万病に効いたとされ(目の悪い人が清水で目を洗えば治る・・・といった)、津軽地方のみならず、南部地方や遠くは北海道からも水を汲みに訪れた人々も多かったといわれています。残念ながら今は枯れ果てており、その面影はありません。しかし、このお堂の前には、地域の人々によって奉納された手水岩
手水岩
があり、往時を偲ばせてくれます。

 参拝の帰りに何気なく草むらを見たら、その陰に何やら白いもの
白いもの
が見えたので、何だろうと思い草をかき分けてみると、あの○○○不動産と書かれた七番札所
七番札所
の看板でした(確か5番厳鬼山神社と6番湯舟観音堂にはなかったような?)。看板には「七番北浮田大悲堂」の文字・・・。いろいろ名称を変えながらも、地域の人々はしっかりとこのお堂を守ってきたのですね。。

                        ☆津軽三十三寺社巡り☆
 
 



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Comment
 
korekaradaさん、こんにちは♪
お忙しい中ご訪問、温かいコメントを頂き、
いつも心より感謝しています(*^^*)

浮太刀が訛って浮田。 地名は当地の歴史や伝説と
密接で、面白いですね♪ こういうお話は大好きです。

町はずれの、忘れられたような場所にある御堂や祠も、
見かけるたびに近寄ってチェックしています(笑)。
お花が供えてあったり、きちんと手入れされていると
地元の人の真心や信心深さを感じ、ホッとします(*^^*) 

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 しばらく記事を更新しないままに八月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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