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Category: ふるさと【東北・青森】 > 弘前市   Tags: つがるみち  

熊野宮ふたつーつがるみち405




 弘前市の新里(にさと)は、平川市と境を接する集落ですが、ここに熊野宮が鎮座しています。
 道路沿いに米俵が乗った豪華な注連縄が張られた一の鳥居がありますが、そこから二の鳥居、三の鳥居と続き、拝殿へと至ります。
 境内には手水舎のほかに御神燈と狛犬が一対ずつ立っていて、拝殿の隣には、猿田彦碑と庚申塔が置かれています。本殿の後ろからは、弘前市街へと続くバイパスが見えます。

 その由緒については、
【御祭神:伊邪那岐命 伊邪那美命  慶長十三年(1608)村人等により産土神として奉戴された。※青森県神社庁HP】とあるだけで、詳細については分かりません。

 私が境内をぶらぶらしていると、一台の軽トラックに乗った方がやってきました。この人は氏子の総代さんで、「二の鳥居を、新しく塗りなおしたから。乾いたかどうか見に来た。」とのことでした。総代さんのお話によると、「400年も前から村の神様だった。」とのことです。

◇新里熊野宮










 一方こちらは土堂(つちどう)の集落に鎮座している熊野宮です。
 石造りのがっしりした鳥居に金属製の注連縄が架かっており、拝殿までの参道にはいくつかの鳥居が並んでいます。
 参道の横は広場になっていて、滑り台などもありますが、ここは、「土堂神社前」というバス停にもなっています。

 境内には神馬や狛犬などが置かれていますが、拝殿の左側には末社が立っていて、中は見れませんでしたが、ここは馬頭観音堂のようです。その隣には、猿田彦大神の碑が立っていました。
 一方、右側には注連縄が張られた大木がありますが、この木は菩提樹で、この神社の御神木になっているようです。

 その由緒については、
【御祭神:伊邪那岐命 伊邪那美命 速玉男之神   安政二年の神社微細調、 社司由緒書上帳によれば 「藤代組土堂村、 熊野宮一宇。 右草創建立年月相分不申候」 とある。 明治六年、 神社改革の際、 廃社となり、 藤代稲荷に合祀されたが、 明治八年願済みの上復社、 翌年十二月、 村社に列せられる。 明治四十年四月十九日 神饌幣帛料供進指定。 ※青森県神社庁HP】とあります。

◇土堂熊野宮






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 記事を更新しないままに10月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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