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Category: ふるさと【東北・青森】 > 黒石市   Tags: つがるみち  

下目内沢稲荷神社ーつがるみち414




 黒石市の目内沢にある地蔵堂には、日露戦争当時、「このお地蔵さまにお願いすれば、兵隊にとられない」という信仰が広がったため、警察に縛られて捕らえられたという伝承が伝えられています。
「縛り地蔵」とか「延命地蔵」とか呼ばれているこの地蔵堂のそばには稲荷神社がありますが、目内沢地区は「上」と「下」とに分かれていて、ここは上目内沢の稲荷神社です。
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 一方、下目内沢にも稲荷神社が鎮座しています。
 上目内沢の稲荷神社から1,2Km離れた集落に位置するこの神社は、周りを田んぼに囲まれた所にあります。
 一の鳥居と二の鳥居ともに朱色が鮮やかですが、境内は緑に包まれています。拝殿の隣には、大きなケヤキの木がそびえていますが、注連縄は張られていないものの御神木となっているようです。その根っこは、拝殿に向かってぐいと伸びていました。

 境内には御神燈と狛犬が一対ずつ置かれていますが、狛犬は比較的新しく奉納されたもののようです。
 何本かの大きな木の根元には自然石が置かれており、そこには御神酒が供えられていました。

◇狛犬ほか







 この下目内沢の稲荷神社の由緒については、
【御祭神:倉稲魂命 寛文二年 (一六六二) 十二月九日、 黒石藩の祖先津軽十郎左衛門信英公は、 次男十郎兵衛信純に所領千石を以て分地させ、 下目内沢、 小屋敷、 飛内、 馬場尻四ケ村の領主となる。 その際、 舘神と称して稲荷宮を建立す。 明治四年神社改正に付き、 同六年五月十日中郷村飛内の村社稲荷神社へ合祀し、 その後、 同八年四月復社願いを申請し、 拝殿新築の上、 四月十九日復社し村社に列せらる。 ※青森県神社庁HP】とあります。

 黒石の町は、津軽藩3代藩主・信義の弟で、家康の孫にあたる津軽信英が黒石藩主になって以来、城下町として拓けていった分けですが、この稲荷神社もまた、当時から村の産土社として信仰を集めていたようです。

◇下目内沢稲荷神社



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 しばらく記事を更新しないままに八月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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