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Category: ふるさと【東北・青森】 > 中泊町   Tags: つがるみち  

長泥稲荷神社 - つがるみち432




 中泊町長泥(ながどろ)地区については、次のように紹介されています。
【岩木川下流部右岸堤防沿いに展開する集落。元々は現在地よりも2 キロほど下流に位置したが、大正末~昭和初年現在地に移転した。旧村の開拓は、文化元年(1804)で弘前藩田舎庄金木新田福泊村として成立した。天保飢饉で廃村となったが、安政5 年(1858)に復興し、文久元年、(1861)長泥村と改称した。※「中泊町史跡・文化財マップ」より要約・抜粋




 そんな長泥集落の産土社として人々の信仰を集めてきた社が稲荷神社です。
 十三湖へと続く岩木川の堤防のそばに鎮座している神社ですが、堤防の上から境内全体を見渡すことができます。
 入り口付近に赤い屋根のお堂がありましたが、そこにはお地蔵様が祀られていました。お参りの人が絶えないようです。

 奥の方に社殿があり、その後ろには黄金色の田んぼが見えました。社殿の前には、ほっかむりをした狛狐が一対置かれています。

 境内の中央付近に赤い鳥居が立っていて、その後方には明治42 年(1909) 建立の二十三夜塔や百万遍の塚などが三基並んで立っていました。

◇長泥稲荷神社






 この神社の由緒については、
【御祭神:倉稲魂命  文政二年の勧請で、 醍醐帝の御代坂場八郎家資卿勤五ノ兵を擧ぐるに際し帝の謁見を得、 京都伏見稲荷神社の御分霊を捧持し来たけれども越後国で戦いに破れ海路津軽に落延びたと云われ、 家資津軽地に遊去の後子々孫々稲荷社を厚く崇敬し来たけれども、 文政二年に至り家資の後裔義道より長泥部落開発守護神として勧請するに至り、 天保年間、 凶作のため廃家続出離村するに及び田茂木稲荷神社合祀した。 昭和二十二年六月に至り新たに神社創設の承認を得、 今日に至った。 ※青森県神社庁HP】と紹介されています。
 また、「中泊町史跡・文化財マップ」にも、
【文政2 年(1819)創建。天保飢饉時廃社となるも、慶応2 年(1866)再建。】とあり、天保の大飢饉の甚大な被害を今に伝えています。

◇社号標、狛狐ほか



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 早いものでもう3月になりました。雪解けを待ち、また史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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