正覚寺 - 津軽三十三寺社めぐり22
10月の中旬に、青森市に住む親戚におじゃましました。
青森駅にも市役所にも近い場所にあるマンションからは、遠くにかすんで見える岩木山が見え、反対側からは青森湾が見えます。



近くには、モダンな建物の大寺が立ち並んでいますが、その中のひとつが、津軽三十三22番札所である正覚寺です。
江戸時代の初め、青森市は「善知鳥(うとう)村」と呼ばれていた小村でしたが、港が開かれたことにより発展しました。時の開港奉行は、民心の安定をはかる為、寺院設置の必要を津軽藩主信枚に懇願し、寛永五年(1628年)に建立されました。
正式名称は「無量山(むりょうざん) 引接院(いんじょういん) 正覚寺(しょうがくじ)」で、慈覚大師作と伝わる阿弥陀如来を本尊とする浄土宗のお寺です。
建立以後、地震や火災、昭和になってからは青森大空襲などにより、本堂などが消失しましたが、復興されて現在に至っています。

霊場の本尊は正観世音ですが、観音堂は正保二年(1645)頃、当時近くにあった毘沙門天堂の境内に建立され、「青森観音堂」と呼ばれて信仰を集めていたようです。
その後、明和の大地震などで全壊したようですが、やがて正覚寺の境内に観音堂が再建され、22番の霊場となりました。
私は、津軽三十三霊場を廻ってきましたが、最後に残ったのがこの正覚寺でした。また機会があれば、そのいくつかをゆっくり訪ねてみたいと思います。


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※記事の中の○○○○は、以前の記事や画像へのリンクです。また、□(青い枠)で囲まれた画像は、クリックで拡大します。
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☆津軽三十三寺社巡り☆
青森駅にも市役所にも近い場所にあるマンションからは、遠くにかすんで見える岩木山が見え、反対側からは青森湾が見えます。



近くには、モダンな建物の大寺が立ち並んでいますが、その中のひとつが、津軽三十三22番札所である正覚寺です。
江戸時代の初め、青森市は「善知鳥(うとう)村」と呼ばれていた小村でしたが、港が開かれたことにより発展しました。時の開港奉行は、民心の安定をはかる為、寺院設置の必要を津軽藩主信枚に懇願し、寛永五年(1628年)に建立されました。
正式名称は「無量山(むりょうざん) 引接院(いんじょういん) 正覚寺(しょうがくじ)」で、慈覚大師作と伝わる阿弥陀如来を本尊とする浄土宗のお寺です。
建立以後、地震や火災、昭和になってからは青森大空襲などにより、本堂などが消失しましたが、復興されて現在に至っています。

霊場の本尊は正観世音ですが、観音堂は正保二年(1645)頃、当時近くにあった毘沙門天堂の境内に建立され、「青森観音堂」と呼ばれて信仰を集めていたようです。
その後、明和の大地震などで全壊したようですが、やがて正覚寺の境内に観音堂が再建され、22番の霊場となりました。
私は、津軽三十三霊場を廻ってきましたが、最後に残ったのがこの正覚寺でした。また機会があれば、そのいくつかをゆっくり訪ねてみたいと思います。


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☆津軽三十三寺社巡り☆
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