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Category: ふるさと【東北・青森】 > 青森市   Tags: つがるみち  縄文と弥生  

縄文の森2「小牧野遺跡」ーつがるみち25

 小牧野遺跡は、全体の広さが約9,800㎡ともいわれているほど広大な遺跡です。
 シンボルである環状列石は、外帯の直径が約35m、内帯は約29mとされ、中央の立石を軸にした「大きな円形劇場」を思わせる造りです。この環状列石の奥の森には、「土坑墓跡」や「住居跡」、そして「捨て場跡」などの遺構が残されており、そこからは、たくさんの土器や石器、土偶、祭祀に関連すると思われる遺物等が発見されています。遺跡の入口には「ミニ資料室」
ミニ資料室
が設けられ、発掘当時の様子や出土品の写真など、遺跡の全体像を見ることができます。それらを参考にしながら、ざっと一巡りしてみました。
              小牧野遺跡の遺構など ※クリックで拡大します。↓

石碑

環状列石

土坑墓

捨て場跡

住居跡

墓場跡

展望台から


 環状列石は「小牧野式」と命名された規則正しい配列をしていますが、外帯には、一見、ランダムに置かれているような組石があります。これらは特殊組石
特殊組石
と呼ばれ、当時の縄文人にとって「聖なる場所(例えば岩木山)」の方向を指し示すもの(あるいはその祭壇)と考えられているようです。また、中央の立石と「馬頭観音」と刻まれた立石を結んだ線は太陽の通り道
太陽の通り道
で、夏至の日には中央立石から馬頭観音碑の方向へと、日が昇ることが確認されており、いずれも、ここが「祭祀場」としての役割を負った場所であることをうかがわせます。⇒中心からみた組石の方向
中心からみた組石


 
 森の中に足を踏み入れると、大きな土坑墓(どこうぼ)が見えてきます。土坑墓は文字通り、人の遺体を納めて葬送した場所ですが、縄文人は、いちど埋葬した遺体が骨になった時点で、取り出し、遺骨を再び埋葬する習慣(再葬)をもっていたといわれています。その遺骨を入れた「壺」が甕棺土器で、ここからは現在、土葬用の墓50基以上の他、環状列石の外帯と内帯の間から「土器棺墓(再葬用の墓)」が3基程見つかっています。⇒土坑墓と土器棺墓
土坑墓と土器棺墓

 また、土坑墓の周辺からは、表面に模様があり、裏面は滑らかな三角の形をした岩版がたくさん発見されていますが、この「三角形岩版」
三角形岩版
は、祭祀用として墓の上に置かれたものと考えられており、小牧野遺跡の最も特徴的な遺物とされています。

 森の中には、住居跡
住居跡
捨て場跡
捨て場跡
もありますが、ここからは、土器や石器などの生活用具に加えて、祭祀用道具と思われるものが、
たくさん出土しています。環状列石を造っていた時や、祭祀の時などに使われたものなのでしょうか。⇒出土品
出土品


 
 遺跡内を一巡りした後、展望台
展望台
に行ってみました。眼下に陸奥湾が広がるすばらしい眺めです。そばには、縄文人も見たと思われる樹木も植えられており、正に「縄文の森」といった感じです。⇒森の中の樹木

 
 さて、青森の「縄文」を一躍有名にした三内丸山遺跡は、ここから近い場所にありますが、それまで大規模な拠点集落であった三内丸山は、縄文時代中期末(約4,000年前)頃になると、縮小していきました。理由は、長い間、同じ土地で生活したことによる食糧不足とか、環境の汚染、祭祀形態の変化など様々なことがいわれています。いずれにしても、この時期には大規模集落が拡散・分散し、人々は、他の地に居住しはじめていったと考えられています。ここ小牧野遺跡も、そのひとつだった分けです。
 しかしながら、「山」を切り開き、離れた川原からたくさんの石を集め、巨大な環状列石を造りあげるためには、たくさんの労力が必要であり、いくつかの集落の人々がまとまって作業にあたったとされています。
 ー ここ小牧野遺跡は、そのような周りの集落の人々が共同して造りあげた「聖地」だったと思われます。年に何回か人々はここに一同に会し、祭祀を行っていたのだと思います。そして、ここに居住していた人々は、中心となって祭祀を執り行う集団だったのではないでしょうか。

                            ☆つがるみち☆
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Comment
今晩は 
お元気で活躍されて、何よりです。
小牧野遺跡の事、始めて知りました。三内丸山遺跡は、何度か
行った事があるのですが、ブログを拝見させて頂いて、
始めて知りえる事が多々あります。これからも、楽しみにしてます。
korekaradaさん、おはようございます♪ 
お忙しい中ご訪問、温かいコメントを頂き、
いつも心より感謝しています(*^^*)

太古の祭祀場、昔の人は山や太陽など自然そのものを
神様と考えていたことが、時を超えて伝わってきますね。

こちらでは宇佐にこうした列石が残っているんですが、
ストーンサークルが日時計みたいな仕組みになっていて、
眺めていると、熱心に祈りを捧げるシャーマンみたいな人と
豊作を願う村人たちが見えてくるような気がします^^

陸奥湾の眺望、素晴らしいですね(*^^*)
太古の人はどんな気持ちで眺めていたのでしょう・・・

korekaradaさんの御誠実で配慮に長けたお人柄を感じる記事、
私のような者にも読み易く、毎回楽しみに拝見し、勉強も
させて頂いてます♪ 本当にありがとうございます(*^^*)

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 しばらく記事を更新しないままに八月になってしまいました。。ゆっくりペースで神社・史跡めぐりを続けたいと思います。拙い記事ばかりですが、読んでいただければ幸いです。ごゆっくりどうぞ!
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